飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

なぜやりたい放題の北朝鮮は滅ぼされないのか? 地政学でその理由がわかる

      2017/06/25

マンガでわかる地政学 (池田書店のマンガでわかるシリーズ)

 地政学とは、地理的条件から国家の行動・外交政策を考える学問である。2016年における波乱のアメリカ大統領選(ドナルド・トランプが当選)以降、この「地政学」なる聞き慣れないキーワードに関する書籍が本屋にたくさん並べられているのをよく目にした。

 ここに紹介する『マンガでわかる地政学』は地政学における唯一にして最高の入門書である。私も大方の例に漏れず、地政学という言葉は先述の大統領選以降に知り、たまたま中古本屋に並べられていたのを見かけたので暇つぶしにでもなればと思って購入したのだった。

 「マンガでわかる」とは言え本書中の3分の2は文字であり、内容はなかなか骨太である。知的好奇心を満たすための優れた書物のうちの一つと言っていい。

 「世界の見方が変わる」というのはこのことである。例えば、なぜアメリカはあんなに遠く離れた場所にあるベトナムで戦争をわざわざしたのか、なぜ借金まみれのギリシャをEUは手放すことができないのか、なぜ弱小の武装国家・北朝鮮は他国から滅ぼされず好き放題に振る舞うことができるのか、なぜ最強の島国・日本は太平洋戦争で敗戦国になってしまったのか――。それらは地形に理由がある。

 地球の地形は不変である。地政学とはそのどうすることもできない地形を最大限活かした国家戦略を立案するためのゲームである。以下、本書『マンガでわかる地政学』より、地政学の基本を5つ実例を上げながら簡単に紹介していこう。

 

1. 国家戦略はシーパワーとランドパワーに分類できる

シーパワー国家

 海軍を主体とする海洋国家。海に国が守られている。貿易は海上のみに依存せざるを得ない。

シーパワー国家の例

・地政学ではアメリカを島(シーパワー国家)であると考える。太平洋と大西洋両方に出口がある上、陸で隣接するのはアメリカよりも遥かに軍事予算の低いカナダとメキシコであり全く脅威にはならない。アメリカは海を使った国家戦略を推し進めることが合理的である。

イギリスは周囲を海に囲まれた島国であり典型的なシーパワー国家である。海という自然の防壁があることによって、本土防衛に割くリソースを海軍に集中させることができる。だから、イギリスは世界一の植民地帝国を築くことができた。

・江戸時代の日本は外交を厳しく統制し(いわゆる鎖国)、世界最高水準の鉄砲保有数と世界最大の陸軍を擁して中立の姿勢を貫いたランドパワー国家だった。しかし、薩長による明治維新によってシーパワー国家へと転身。日露戦争の勝利はその成果である。だけどその後、満州を領土とするなどユーラシア大陸への進出を目論むにつれランドパワーを増強、太平洋戦争ではロシア・中国のランドパワー勢とイギリス・アメリカのシーパワー勢の両方にリソースを割かなくてはならなくなり、亡国をもたらした。
 

ランドパワー国家

 陸軍を主体とする内陸国家。陸続きの国境があるため陸軍を増強して自国を防衛ざるを得ない。

ランドパワー国家の例

ロシアがランドパワー国家にならざるを得ないのは、海が全て北極海に面していて港として機能しないからである。「不凍港」を獲得すべくロシアは常に南下政策を実行する機会を伺っているが、他の国々はロシアに海への出口を明け渡さないためにその動きに注意を払っている。EUがギリシャを手放せないのは、地理上ギリシャが対ロシア地中海防衛の要所になっているからである。

ドイツは多くの国と国境を接するランドパワー国家であると共にヨーロッパの中心という地の利を得ている。周辺諸国と対立するリスクがある代わりに、競争力の強い産業の輸出によって経済発展を遂げてきた。

 

2. 隣国同士は対立する

 長い国境を接する隣国同士は潜在的な敵とみなすことができる。不法移民、資源の奪い合いなどが理由である。戦争が起きるのは殆どの場合、列強の隣国同士の争いがきっかけとなる。従って、自国と強国との間に緩衝地帯(バッファゾーン)としての他国があることにより、自国への脅威は遥かに少なくなる。

緩衝地帯の例

ドイツにとっては東欧諸国(バルト三国、ベラルーシ、ウクライナ)が緩衝地帯となることによって、大国ロシアの脅威を小さくすることができる。

北朝鮮が緩衝地帯になることにより、韓国中国・ロシアというランドパワー強国と直接対立せずに済んでいる。韓国が親中政策を行うことができるのは北朝鮮が存在するおかげとも言える。周辺諸国が必要とする限り、北朝鮮は滅びることはない。

・また、日本から見れば韓国があるおかげで北朝鮮・ロシア・中国からの脅威が減じている。アメリカにとっては日本・韓国・北朝鮮中国・ロシアとの緩衝地帯になっている。そういう意味でもアメリカにとって日本は最重要な国である。

 

3. 敵の敵は味方である

 利害関係が一致するなら国同士は手を組む。だけどそれは永久不変の契約ではなく、情勢が変われば敵も変わる。

利害関係一致の例

・19世紀後半、ロシアの南下政策に自国植民地の脅威を感じたイギリスは、同じくロシアを敵国とする日本と手を組む(日英同盟)。後の世界恐慌後の第二次世界大戦の最中、経済的利害が一致した日本・ドイツ・イタリアは対アメリカ政策として日独伊三国同盟を締結、日英同盟は破棄された。

・第二次世界大戦後、ソ連の南下政策を阻止すべくアメリカはパキスタンを支援。中国パキスタンという二つの核保有国に囲まれたインドは、両者の敵であるソ連に接近して核保有を踏み切った。

 

4. 他国同士の争いは自国にとっては歓迎である

 他国同士が争いを起こし、解体・分断されることは周辺諸国にとっては朗報である。自国への脅威が小さくなるからである。

周辺諸国の争いが利をもたらす例

イギリスにとっての最大の懸念はヨーロッパを統一する強国との戦争に突入することである。従って、イギリスにとっては海の向こうのヨーロッパ諸国同士の争いは大歓迎であり、対立を煽ることさえある。

中国は欧米がISISとの戦いに疲弊している隙を突いて、南沙諸島への強引な進出を始めた。

 

5. 国家の行動原理は生き残りである

 どの国も戦争をしたいだなんて思っていない。にも関わらず戦争・紛争が起きてしまうのは国家の生き残りを賭けてそうするしか選択肢がなかった、言わば最終手段に出る他なかったということに他ならない。

 戦争はやるか・やられるか、ハイリスク・ハイリターンの政策である。ハイリスクを負わないためにも国の存亡を賭けて、国同士は同盟を組んだり、核を保有したり、中立を保ったり、周辺国の対立を煽ったり、ミサイルで威嚇したりするのである。

 人間も同じである。孤立していても構わないと思う人は一人で過ごしているし、利害の一致した者同士は友人になるし、その利害は時と共に変わる場合があるから昨日の友は今日の敵なんてことにもなる。生き残りを賭けているのは国も人間も一緒なのだ。

 『マンガでわかる地政学』は世界史を読み解き、現在の世界情勢を理解するための一冊目として最適である。読んでいる最中、目から鱗が落ちっぱなしで「なるほど」と本に向かって多分10回はひとりごちた。

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