飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

損をしない人生のために。橘玲氏の本で繰り返し主張されている5つのこと

   

 得をする方がいいし、損をするのは嫌だ。そんなことは決まっている。

 ベストセラー作家・橘玲氏の多くの著作では「経済合理性」がテーマになっている。手元の辞書によれば「合理性」とは「無駄がない」という意味である。

 貨幣の動きを観察することで、資本主義のゲームの仕掛けが見えてくる。それを利用して最短距離でより多くの貨幣を獲得する行動を「経済合理的」と言う。

 『得する生活』(橘玲、幻冬舎、P31)

 私たちの生きる目的のうちのひとつに「富を最大化する」というものがある。富を得るために私たちは働いて給料をもらうのであり、ギャンブルで一攫千金を画策するのであり、投資をして緩やかに資産を増やそうとするのである。

 但し、その「お金の増やし方」にも正しいものと正しくないもの、つまりは合理的なものと非合理的なものとが存在する。大きな失敗をせずに確実にお金を増やすためには「合理的なもの」だけをよく考えて慎重に選んでいく必要がある。そうすることによって一攫千金は不可能であるにしても、少なくとも損をしない人生を歩んでいくことができる。

 世の中には多くの人が知らない「得をする方法」「損をしない方法」が存在する。橘玲氏の著作は、それらを極めてわかりやすく明瞭に教えてくれる。ここではその中でも特に重要である5つの事柄を紹介していこう。

 

1. マイホーム購入はハイリスクな投資である

 この日本という国では、30歳をすぎる頃から、ほとんどの人が「家を持ちたい」という不可思議な衝動に駆られます。しかし、この”衝動”に合理的な根拠があるのかどうか、検証されることはめったにありませんでした。
 なぜかというと、金融・建設・不動産業など、この国のドメスティックな(土着の)経済を支えている大きな部分が、「家を持て」「一国一城の主になれ」と国民をマインド・コントロールすることによって莫大な利益を得てきたからです。

 『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』(橘玲+海外投資を楽しむ会、講談社+α文庫、P33-34)

 賃貸派と持ち家派に世論は二分されるけれど、少なくとも「持ち家が得」であるとは言えない。どちらかというと損をする可能性が高い。マイホームの購入を不動産投資として見てみると、そのことがはっきりとわかる。

 「持ち家が得だ」という主張が正しいためには、住宅ローンを払い終わった時に「買った家の不動産価値>払った金額」となっていることが唯一の条件となる。「不動産価値<払った金額」ではわざわざ資産を減らすためにマイホームを建てたと同義である。

 かつて日本が成長期で不動産価格が上昇していた頃は「持ち家購入 → ローン完済 → 持ち家売却 → 売却益を原資に新たな不動産を購入」というマネーロンダリングが可能であった。だけど、バブル崩壊後の失われた20年の中で日本の不動産価格は下落の一途を辿っている。

 マイホームの購入が株式の購入と同じような投資である以上、賃貸派と持ち家派に優劣はない。だけど、「1.不動産は購入した時点で中古となり価値が7割程度になる」「2.固定資産税など各種税金がかかる」「3.修繕費がかかる」「4.不動産の建屋部分の価値はおよそ20年でゼロになる」「5.不動産価格は下落の一途(上述)」ということを考えれば、不動産投資は負けが決まっている投資であるとみなすことができる。将来価格が下がる株式をわざわざ選んで購入するようなものである。

 「持ち家派はローンを払い終わったら自分のものになるけど、賃貸派はずっと家賃を払わなければならない。だから持ち家の方が得」という主張もあるけれど、一概にそうは言えない。持ち家派はローンを払い終わった30年後、資産価値ゼロでボロボロの家に住み続けなければならない。だけど賃貸派は家賃を払い続けなければならないものの、同じ家賃で綺麗な新しい物件に住むこともできる。どちらを選ぶかという好みの問題でしかない。

 

2. 生命保険は宝くじと同じである

 この世の中に宝くじが存在するのは私たちが確率を正しく計算できないからだが、同じ確率の錯覚を利用した金融商品が生命保険だ。

 唯一のちがいは、宝くじに当たるとうれしいが、保険金を受け取る時には死んでいるということだ。生命保険は”不幸の宝くじ”なのだ。

 『臆病者のための億万長者入門』(橘玲、文春新書、P49)』

 宝くじの当せん確率が天文学的数字であり、一等当せん確率よりも宝くじを買いに行く時に交通事故に遭う確率のほうが高いというのはよく知られた話である。宝くじの還元率はだいたい40%程度と言われている。つまり、100万円分買っても40万円分しか返ってくる見込みがないということである。こんなに割の悪いギャンブルは類を見ないということで宝くじは「愚者のための税金」と言われている。

 生命保険は善意ではなく、単なるビジネスである。保険会社もビジネスである以上は利潤を追求しなければならない。その利益というのは私たちが支払う保険料から捻出される。

 生命保険の原価率も40%程度であると言われており、還元率40%の宝くじと同程度である。原価率が40%程度であるということは、保険料の半分以上が保障以外の用途に使われているということに他ならない。それはつまり、社員やセールスレディの高額な給与であり、CMなどの莫大な広告費であり、一等地に建つオフィスの家賃・維持費である。

 宝くじは当せんすると賞金が貰えるものであるが、生命保険も仕組みは同じである。保険対象の人物が死亡(=当せん)すれば保険金(=賞金)が貰える。宝くじを買うことが愚かで不合理なことであるなら、生命保険という金融商品を買うことも不合理であると結論付けることができる。

 生命保険というギャンブルに無駄なお金を毎月投げ打つよりも、その分を貯蓄に回したほうが資産形成としては有利であるということだ。ちなみに同様の理由で医療保険への加入もおすすめされない。

 

3. 「サラリーマンは保険料の半分を会社に払ってもらえるから得」は嘘である

 あなたが毎月10万円の社会保険料を納めなくてはならないとすると、労使折半の原則に従って、半額の5万円は会社が支払ってくれます。これだけを取り上げて「社員になれば保険料の半分は会社持ちだから得だ」と考える人がいますが、これは大きな勘違いです。会社が支払う5万円は人件費の一部ですから、社会保険料の支払いがなければあなたがもらえるはずのお金だからです(社長がポケットマネーから出してくれるのではありません)。

 『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015』(橘玲、幻冬舎、P162)』

 サラリーマンは厚生年金と健康保険の半分を会社が払ってくれるから得だ、というのをよく耳にする。サラリーマンを辞めたら全額が自分持ちになる、だから辞めたら損だ、とも。

 この考え方が間違いであることを示すのは簡単である。つまり、「会社が半分を払ってくれる」のその半分というのは、私たちが働いて上げた利益から捻出されているということだ。会社が払っている厚生年金と健康保険の半額というのは社長や役員のポケットマネーから出されているのではなく、全額が人件費として支払われている。

 つまり「半額を会社が払っている」というのは要するに給与明細上そうなっているだけであって、本質的には全額を労働者が払っているのと同じこと。

 なぜこんな複雑な制度になっているかというと、「会社が半分払ってくれる」という建前にしておくことによって「サラリーマンは損」であることを雲散霧消させる働きがあるためである。事実、現在の国民年金制度は事実上は既に崩壊しているのだけれど、サラリーマンが毎月強制的に徴収される厚生年金から補填されることによって維持されている。

 国民年金及び国民健康保険はもはやサラリーマンが損をすることによって維持されているシステムである。厚生年金に関しては、サラリーマンは年金を「全額自分で」払っているという本質的な考え方に立ち返って見れば、既に「納付額>支給額」となっている。でも、半額は会社が払ってくれるということになっているから、損をしていないように見える。

 国民年金は制度が崩壊しているにも関わらず未だに「納付額<支給額」であり、これは将来的に変わることはない。そんなことになったら誰も国民年金を納めなくなってしまうからである。

 

4. 普通預金は最強の金融商品である

 この10年で住宅価格が半値になったということは、現金を持っているだけで、年利7%で運用できたのと同じです。商業物件は3分の1になりましたから、こちらはなんと年利13%相当です。そのうえ、衣類や電化製品をはじめとして、日用品の価格もずいぶん下がったので、生活も楽になっています。

 『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015』(橘玲、幻冬舎、P80)

 上記引用文中の「この10年」というのはバブル崩壊後の10年のことである。

 80年代バブルのような大相場でもないかぎり、「投資しない」機会費用はさほど大きくならない。あなたが臆病者なら、お金はやはり安全な普通預金に預けておけばじゅうぶんだ。

 『臆病者のための億万長者入門』(橘玲、文春新書、P233)』

 世の中は今も昔も「投資、投資」と喧々と叫ばれているけれど、バブル崩壊以上の失われた20年で株価は下落の一途、不動産価格も同様にして下落してきた。それに加えて強烈なデフレ(モノの価値が下がり、お金の価値が上がること)にもなった。

 以上のことから考えると、バブル以降、最も得をした投資家は「投資をせずに普通預金をしていた人」であると結論付けることができる。株を持っていた人は損をした、土地を持っていた人も損をした、モノを持っていた人も損をした。けれど、普通預金にお金を蓄えていた人は損をしなかった(=相対的に得をした)のである。

 ちなみに、もし投資をするならインデックスファンドに投資する(=世界に投資する)ことが『臆病者のための億万長者入門』(橘玲、文春新書、P97-)の中で推奨されている。

 

5. 賢い人は得をして、愚か者は損をする

 (1) 同じ金を借りるなら、貸出し金利は安い方が有利だと気づくのは、賢い消費者である。
 (2) 賢い消費者は、そもそも高利の借金などしない。
 (3) 彼らにとっては年利10%でも充分な高利なので、多少年利を下げたくらいでは金を借りたりしない。

 (1) 同じ金を借りるのに金利の高低に気付かないのはバカな消費者である。
 (2) バカな消費者は、目先の欲望に目がくらんでいるから、高利の借金でも気にしない。
 (3) バカにとっては、年利10%も29.2%も変わらない。

 『得する生活』(橘玲、幻冬舎、P117)

 銀行が莫大な資金力を武器に消費者金融業界に参入してきたことがある。銀行系カードローンは年利10%程度、それに対して消費者金融は法定金利ギリギリの年利29.2%である。どちらも借り入れ条件は同じ。普通に考えれば銀行系で借りたほうが得である。その差は15%以上も開いているのだ。

 にも関わらず、圧倒的不利と思われた消費者金融は全く淘汰されなかった。お金という全く同じものを借りるのに、片方では得、片方では明らかに損であるのに、銀行系ローンはシェアを伸ばせなかったのである。

 なぜこんな不思議な事が起こるのか。答えは単純だった。それはつまり、「そもそも高い金利を支払ってまでお金を借りる人は愚かであり、愚かな人は金利の高低に気が付かないから」という恐るべき結論である。

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 よく考える賢い人は得をする。何も考えない愚か者は損をする。本稿で見てきたようにそれが現実である。

 トマ・ピケティは世界に衝撃を与えた『21世紀の資本』の中で「お金を持っている人はお金を持っているというだけでお金が雪だるま式に増えていき、過去200年の歴史の中でそれは労働による賃金よりも遥かに大きい」というようなことを実証した。

 つまり「持たない者」は「持つ者」に搾取される運命にあるということである。だけど、私たちがいきなり「持つ者」になることなど土台無理な話。であれば、この平凡な世界に生きる私たちはせめて賢く=合理的であるべきなのだ。

 
参考文献:

 - ビジネス書