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【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

【書評】『幸福の「資本」論』(橘玲、ダイヤモンド社)

      2017/06/21

幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」

 「幸せになる方法」というと哲学や自己啓発の領域の話になりがちだが、本書『幸福の「資本」論』(橘玲、ダイヤモンド社)が示しているのは「ここ日本において」幸せの土台を築く方法である。それはつまり極めて現実的な方法論であり、間違っても白馬の王子様が登場するようなファンタジーや机上の空論ではない。

 著書・橘玲氏の論はいつもシンプルである。例えば、本書を含む多くの著作では「お金持ちになる方法には3つしかない」と示される。

 お金持ちになる方法は3つしかありません。

1. 収入を増やす
2. 支出を減らす
3. 資産を上手に運用する

 『幸福の「資本」論』(P86)

 そのシンプルな前提条件をあらゆる知見によって深く掘り下げて、一つの合理的な結論が導き出される様は大変に鮮やかである。それは本書『幸福の「資本」論』においても例外ではない。

 

3つの資本とは何か?

 本書の画期的な点は、まずは幸福の条件を3つに分類し、それらを現実世界に対応させるために「資産・資本」と言い換え、その上に幸福が築かれるということをはっきりと示している点である。

 幸福の条件として次の3つを挙げます。

1. 自由
2. 自己実現
3. 共同体=絆

 この3つの幸福の条件は、3つのインフラに対応しています。

1. 金融資産
2. 人的資本
3. 社会資本

 『幸福の「資本」論』(P23-24)

 さあ、役者は揃った。

 幸福というと抽象的でとらえどころのもないものであるばかりか、主観的なものでもある。だから、例えば誰かに「幸せになりたいんだけどどうすればいいですか?」と質問されても私たちは困ってしまう。幸福という何だか大きくて、抽象的で、目に見えないものの前に圧倒されてしまうからである。

 だけど、本書においては「幸福は3つの資本の上に築かれる」とはっきりと示されているから、幸福に形を与え、それに近づく道標を作ることが容易になる。

 人生を「金融資産」「人的資本」「社会資本」という3つの資本=資産で把握すると、幸福というとらえがたいものにある程度かたちを与え、現実的な戦略を考えることができるようになります。これが、本書の基本的なアイデアです。

 『幸福の「資本」論』(P51)

 これら3つのインフラについて様々な角度から掘り下げられていく論が本書の本題であり、著者の過去の著作や心理学、経済学、生物学などあらゆる知識を論理的に組み立て、最後には「これが現代日本における幸福の形じゃないかな」というようなきちんとした結論が提示されている。

 

貧困とは何か?

 本書『幸福の「資本」論』は1ページごとに目から鱗であり、知的好奇心と実用性を満たす極めて優れた書籍であり、その読書体験は大変に充実した時間であった。その中でも本書で指摘されている2点が私にとっては興味深かったので紹介したい。

 
 一つは、現代における「貧困」とは「お金がない」ことを指すのではないということである。本書の論旨である「3つの資本」になぞらえて言えば、その3つ全てを失った状態を「貧困」と呼ぶのである。

 その証拠にマイルドヤンキー(地元で仲の良い友だちとつるんでいる集団)と呼ばれる人たちはお金がない(金融資産がない)し、高収入であるわけでもない(人的資本もない)。でも、友だちとの強いつながり(社会資本)がある。彼らは友だちを介して仕事を紹介してもらったり、食材を安く提供してもらったり、楽しい時間を共有したり、お金がないときにはおごってもらったりできる。

 そういう意味でマイルドヤンキーは貧困ではないのである。ネットスラングで言えば「プア充」であり、不幸ではない。

 
 では、貧困とはどういう状態か。本書で紹介されている例としては、交友関係・血縁関係を含む人間関係を持たずにひとりで都市部へと出てきたが貯金もないし満足な仕事もない、という状態である。つまりは「お金がない=金融資産がない」「満足な収入を得られる仕事がないし、その能力もない=人的資本がない」「誰に頼るあてもない=社会資本がない」のであり、それを現代の「貧困」と呼び、幸福ではない状態と位置付ける。

 
 逆に、一般的に言う「幸福」とは「高収入の仕事をして=人的資本があり」「人脈にも恵まれる=社会資本がある」という状態であり、これは「リア充」と呼ばれる。あるいは、「多額の資産があり=金融資産があり」「奢ってあげる人がいて良い気分になれる=社会資本がある」という状態も一つの幸福であろう(本書でその状態は「旦那」と名付けられている)。

 このように幸福を強固で揺るぎないものにするためには少なくとも「2つの資本」の上に幸福の要素を築いていく必要がある(「3つの資本」全てを手に入れることは不可能である。理由は本書の中で詳述)。であるとすれば、先に述べたマイルドヤンキーは「社会資本=友だち」のみに幸福を依存しているのであり、その幸福は非常に危うく脆いものであるとみなすことができよう。

 何かの拍子で仲間外れにされたり、仲間たちが結婚していき自分だけ取り残されたとなれば、「社会資本」さえも失ってしまう。全ての資本を失った末にあるものは「貧困」に他ならない。

 

幸福に働くためのたった一つの方法

 本書におけるもう一つの印象深かった点は、これからの働き方についてである。

 私事だが、本年の1月から個人事業主(兼業)として開業しており、収入を会社だけに依存することからの脱却を画策しているのであるが、本書『幸福の「資本」論』においてはこれからの幸福な働き方としてたった一つの結論が述べられている。

 好きなことに人的資本のすべてを投入する。

 『幸福の「資本」論』(P156)

 「好きなことを仕事にする」というのは誰でも知っている言わば陳腐な言葉である。書店に並ぶほぼ全ての自己啓発書には「好きなことを仕事にしましょう」と書いてあるだろうし、小学生がプロ野球選手やYouTuberに憧れるのは「目立ちたい」という動機もあるだろうけれど、「好きなことを仕事にしている」ように見えるからであるように思う。

 それでも本書における結論「好きなことを仕事にする」が全く陳腐化していないどころか、「そんなことはわかってるよ」という反論を封じ込め、強力で鮮烈な説得力を持って迫ってくるのは極めて論理的にその結論が示されているからである。

 日本のサラリーマンという働き方の構造を暴くことから始まり、組織の巨大化はイノベーションを阻害することを指摘、人は嫌いなこと・興味のないことは「やってもできない」ことを明らかにした上で、「好きなことを仕事にする」こそがオンリーワンの合理的な戦略であることを生物学の側面からも肉付けしていき、「好き=仕事」であれば生涯現役が可能になることで老後問題も解消されると解く。

 ここだけでも是非とも本を読んで実際に体験して頂きたい。大変に鮮やかで清々しい論証であり、好きなこと・得意なことを仕事にしつつある現在の私の感情移入は多分にしてあると思うが、感動さえしたのだった。

 

おわりに:幸せへの獣道は舗装された

 本書『幸福の「資本」論』は幸せになるためのファストパスチケットではない。言うなれば、幸福の土台を築くためのガイドマップとでも位置付けられるものであろう。とは言え、幸せとは逃げ水にように儚いものでもある。

 もちろんその現実については本書においても示されている。

 ダイエットで幸福感が得られるなら、ダイエットに成功するとその素晴らしさを体験できなくなってしまいます。だとすれば、幸福になるもっとも効果的な方法はダイエットに失敗し続けることです。

 『幸福の「資本」論』(P88)

 なんて逆説的な恐るべき論理性。だけどそれが現実だ。

 そう考えれば本書『幸福の「資本」論』は、幸せのゴールテープを切る方法ではなく、人の数だけ存在する幸福のあり方を「3つの資本」の組み合わせとして方向性を明確に示しただけのものと捉えることができる。

 本書によって、幸せへの道がぬかるみや獣道から、舗装されて歩きやすく整えられることになるであろう。どのような歩き方をしてどこを目指すのかは各々が考えるべきことであって、その過程こそがまさに幸福と呼べるものなのである。

 ちなみに本稿の筆者である私の目指す人生設計を本書になぞらえて捉えれば、資本の全てを「人的資本」の一点に集中させる「ソロ充」であったことを付記しておく。「人的資本=働く能力」を失ったら貧困に陥ってしまうという、やや危うい生き方であると知ることができたのだった。

 
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