飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

自己啓発書嫌いのための「ひねくれ」ビジネス書5冊+α

      2017/08/18

 私はかつてビジネス書・自己啓発書なるものを全く読まなかった。なんとなく胡散臭いと思っていたし、人生における「成功」「勝利」を過剰に唆すようなその態度が気に入らなかった。別に私は成功したいと思ったことはないし、何かに勝ちたいと思ったこともないからである。

 時を経て、今、私はビジネス書ばかり読んでいる。理由は自分でビジネスを始めたことによるものだが、それでわかったことは、ビジネス書・自己啓発書には胡散臭いものとそうでないものが入り混じっているということである。つまり先入観としての「なんとなく胡散臭い」のではなく、「実際に胡散臭い」ものが相当数あるということだ。

 ここに厳選して紹介する本はその胡散臭さを見抜き、正面から喝破してくれる大変に清々しいものたちである。自己啓発書は実際に胡散臭いけれど、その胡散臭さを笑うために、胡散臭さに騙されないないために、「成功」「勝利」に縛られた固い頭をふにゃふにゃにするために活用して頂ければ幸いである。

1.『HELP! 最強知的”お助け”本』オリバー・バークマン

 本書は多分、広大でときには迷いそうになる自己啓発の世界を旅するときのロードマップとして役に立つだろう。そしてまた、諸刃の剣として、一方では役に立たない戯言があふれるほどありながら、もう一方では、高いレベルでかつ科学的に信頼のおける助言やヒントがいたるところにころがっていることにも気付くはずだ。(P15)

 自己啓発書にすぐに影響されて踊らされる人がいる一方で、何だか胡散臭いぞと懐疑的にそれを見ている人もいる。本書『HELP! 最強知的”お助け”本』は後者の態度が正しいことを示してくれ、自己啓発の欺瞞を徹底的に暴いてくれる快刀乱麻、唯一無二の書籍である。

 例えば、多くの自己啓発書には「ゴールを設定して一目散に目指せ」と書いてあるが、本書では目標にこだわりすぎる危険性が指摘されている。自己啓発書は「人生をガラリと変えるための一歩を踏み出せ」と唆してくるが、本書では「今の自分から完全に逃れようとする試みは必ず失敗する」と一刀両断。

 最新の科学的・心理学的知見を駆使して自己啓発の嘘を見抜く96編のエッセイ。自己啓発で人生は変わらないけれど、本書によって真実を見抜く目を養うことで緩やかに人生を変化させることが出来得るだろう。

 

2.『内向型人間のすごい力』スーザン・ケイン

 もしあなたが、発揚性気質(注:活動的で陽気で、自信過剰な感情的性質)の人を賞賛するだけでなく、物静かで思慮深い自己を大切に思っていたらどうすればいいのだろう? 行動するための設計図としてだけでなく、知識自体を愛していたらどうだろう? 内省的な人が世の中にもっとたくさんいればいいと願っていたらどうだろう?(P74)

 『内向型人間のすごい力』の第2章「カリスマ的リーダーシップという神話」では、著者が取材のために自己啓発セミナーに参加したときのルポタージュを元に書かれている。現場はすごい熱狂、爆音で流れる音楽、いよいよステージ上にカリスマ的自己啓発コーチが現れると3800人の参加者は更に狂乱の騒ぎ――。だけど、物静かな環境を好む著者はその熱狂をどこか冷めた目で見ている。

 自己啓発に踊らされてしまう人というのはおおよそ外向的な人物である。彼らは自己表現が上手で誰とでもすぐに打ち解けることのできる長所を持ち合わせる一方、熱狂、情熱、衝動を求めるので、「さあ、自分を変えよう!今すぐ!」と言われるとなんとなくその気になってしまうのだ。

 そんな外向的人物には様々な落とし穴がある。ギャンブルに夢中になって全財産を泡にしてしまう、一つのことをやり遂げる能力に乏しい、流行や宣伝に惑わされやすく合理的な判断ができない、物事を表面的にしか考えることができない、など。

 そう考えると、自己啓発を訝しげな目で捉えることができるのは物事の本質を理解しようと努めることができる内向的な人物であることがわかる。本書『内向型人間のすごい力』を読むと、ムードや流行に流された挙句、たった一冊の自己啓発本を読んだだけですべてをわかった気になっている外向的な人物が単なる阿呆にさえ思えてくる。

 

3.『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘玲

 自己啓発の伝道師たちは、「やればできる」とぼくたちを鼓舞する。でもこの本でぼくは、能力は開発できないと主張している。なぜなら、やってもできないから。
 人格改造のさまざまなセミナーやプログラムが宣伝されている。でも、これらはたいてい役には立たない。なぜなら、「わたし」は変えられないから。(P8)

 自己啓発の世界の根本的な主張は「やればできる」であるけれど、遺伝行動学は「やってもできない」という圧倒的な事実を私たちに突きつけている。「やればできる」ことはあるけれど、「やってもできない」ことのほうがずっと多い、と(P43-44)。

 「やってもできない」が本書のスタート地点である。「やってもできない」私たちはこの「残酷な世界」をどのように生きていけばいいのか。幸福はそこにあるのか。その問いに対して最新の科学的知見を元に一つの回答を示しているのが本書『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』である。

 それが解き明かされていく論理は極めて理路整然、明瞭で鮮やかであり、知的好奇心が満たされながら人生の教科書ともなり得る極めて稀有な書物と言っていい。

 

4.『ビジネス書大バカ辞典』勢古浩爾

 ビジネス書には二種類ある。まともなビジネス書と、いかがわしいビジネス書「もどき」である。(略)「もどき本」を読んでみると、こんな本がまじめな顔をして世の中に公然と流通していること、しかもその多くがベストセラーになっていることに、まあびっくりする。なかには眩暈のしそうな本もあるのだ。(P1, P2)

 力作である。本書『ビジネス書大バカ辞典』を書くために著者は玉石混淆の自己啓発書を読みまくったらしく、その涙ぐましい成果が全334ページの本文に凝縮されている。ほぼ全てのページにおいて役に立たない自己啓発書の書評で占められている。一冊一冊律儀にレビューされており、全く役に立たない本を役に立たないと知りながらきちんと読み込んでいることが伺える。ずいぶん几帳面な人だ。

 暴論の部分もかなりあるので好き嫌いは分かれるだろうけど、私は好きである。胡散臭い自己啓発書・ビジネス書を選別するための選球眼を養うことができる上、なんせ歯に衣着せず言いたい放題で1ページ毎に笑わせてくれる。

 

5.『「その日暮らし」の人類学』小川さやか

 究極のLiving for Todayであるピダハンにも、タンザニアの人びとと同じく自信と余裕があった、生きているということだけを根拠としているような余裕と自信が。日本では「根拠のない自信」といった言葉をよく耳にする。この言葉も設計主義的合理主義に基づく効率主義、能力主義の言説である。自信や余裕を持つのにどんな根拠・基準、あるいはルールが必要なのだろうか。(P217)

 自己啓発書の目的は「勝利」「成功」であることは明白である。「誰よりもお金持ちになろう」「自分を変えて成功を手に掴もう」だけが自己啓発の主張と言っても差し支えあるまい。

 『「その日暮らし」の人類学』で描かれるのはアフリカのタンザニアにおける露天商人たちである。彼らは組織化することなく各々が売れそうなものを仕入れ、路上で販売することによって生計を立てている。で、誰か一人が売れるノウハウを確立すれば、それを惜しげもなく友人や赤の他人に教えてしまう。そうするといずれ市場は飽和してしまい、その手法では稼げなくなってしまう。だけど、それでも構わない。売れなくなったら新しい商品を仕入れ、誰かがまたノウハウを確立する。で、それをまた教える。それの繰り返し――。

 タンザニアの商人はLiving for Today「いま、ここ」を生きている。子育てのために多めのお金が必要になったら、必要な分を稼げそうな商品を仕入れて販売する。それでも足りなかったり失敗してしまった場合には友人に借りる。その友人も持ち合わせがなかったら、他の誰かに借りて貸してあげる。誰もが誰もに借りがあって、そうやって経済が回っている。

 ここ日本の高度に合理化された社会とは全く別の生き方がそこにはある。私たちは経済的には豊かだけれど「成功しなければならない」「誰よりもお金持ちにならなければならない」「老後のために貯金をしなければならない」という観念に縛られているように思える。タンザニアの商人は金銭的には貧しいけれど「今を生きる」「とりあえずやってみる」という希望に溢れているように見える。

 どちらが正しいか、どちらが幸福かというのは問題ではない。だけど本書『「その日暮らし」の人類学』は、著者のその類稀なる文才によって「成功や勝利のための自己啓発」が全くの無意味である世界を生き生きと描き、私たちの窮屈で凝り固まった人生の捉え方を180度転換させるすごい本である。

 

おまけ:『エッセンシャル思考』グレッグ・マキューン

 わたしたちの目的は、やってもやらなくてもいいことを何十ページもブラウズすることではない。「これしかない」と思えることを、ひとつだけ見つけることだ。(P144)

 大抵の自己啓発書には「今すぐ行動しよう」「わくわくすることを直感で選ぼう」と無責任に私たちを唆そうとするけれど、本書『エッセンシャル思考』の卓越している点は「何かを選ぶ前によく考えること」の重要性を説いているところにある。

 このような視点で書かれた本は比類なく、直感で選ぶことは選んでいるとは見做せないと言わんばかりだ。本当に大切なことを選ぶ際には熟考する必要がある。

 わくわくすることを直感で選び無計画に今すぐに行動した結果、何も得るものなく後悔と破綻しか残らないこととなってしまう人が多く生み出されているのは軽薄なる自己啓発書の罪と言うべきものであろう。そういった無責任な言説に騙されないためにも『エッセンシャル思考』は熟読しておく価値があると私は考えている。

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