飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

ガチョウが、音楽が、爆音が!『オン・ザ・ミルキー・ロード』(エミール・クストリッツァ監督作品)感想

      2017/10/05

オン・ザ・ミルキー・ロード

(C)2016 LOVE AND WAR LLC

 
 エミール・クストリッツァ監督の9年ぶりの新作映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』の制作当初の仮タイトルは『Love and War』であったという。「愛と戦争」というテーマは同監督作品『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)でも示されていた。戦争の最中、追われる二人が繰り広げる逃避行だ。

 本作『オン・ザ・ミルキー・ロード』も後半は逃避行が展開される。しかし、その道中は決してミラクルなものではなく容赦ないリアリズムであるところがこれまでの同監督作品とは決定的な違いとなっていると感じた。とは言え、そこには論理では説明のつかない笑いがあり、脈略なき爆音がある。こんな映画見たことないぞ。

 

「こんな映画見たことない」いつも通りの尋常でないクストリッツァ作品

 エミール・クストリッツァという監督は「いつも通り」のクリエイターだ。『オン・ザ・ミルキー・ロード』の冒頭、ガチョウの行列がガーガー言いながら画面を横切っていく様を見て私は「いつものエミール・クストリッツァだ」と安心し、やや感動さえした。その後にも登場する多種多様な動物たち、祝祭でのハイテンションな狂喜乱舞、酒飲みまくり、爆音で流れる音楽、無秩序な爆発音――。もうとにかくがちゃがちゃ。そう、いつも通りだ。

 そこに論理はない。『オン・ザ・ミルキー・ロード』のテーマは「愛と戦争」であり、ガチョウが出てくる必然性はないし、主人公の男が常にロバに乗っている必要もない。酔っ払った婚約者が熱唱したり踊り明かしたりするシーンは物語の本筋には全く必要ない。だけど、それらがなくなったら何て無味乾燥なつまらない映画なのだろう。論理を超越したものを目の当たりにした時、人は心が揺さぶられる。

 エミール・クストリッツァ監督作品のファンであれば「いつものクストリッツァが帰ってきた!」と、初見であれば「こんな映画見たことない!」といささかの衝撃を受けることになるだろう。

 

逃避行のリアリズムとファンタジー

 冒頭でも触れた通り、後半は「いつも通り」のユーモラスでマジックリアリズムの手法を用いながらもややシリアス展開である。戦争の現実をリアリズムとメタファーを用いながら表現している。『アンダーグラウンド』(1995年)の過酷で無慈悲な内乱のシーンを想起させる。

 思えば、冒頭におけるガチョウの行列の背後で豚が絞められ、その血の海にガチョウが次々に飛び込んでいくという訳のわからないシーンは今回の映画は一筋縄ではいかないことを暗示していたかのようである。

 結末については触れないが、『ライフ・イズ・ミラクル』で示した牧歌的な奇跡とは方向性の違うストーリー展開が用意されている。しかし、本作品が第73回ベネチア国際映画祭にてコンペティション部門に出品された際、上映後には10分を超えるスタンディングオベーションを受けた事実が示すように、一つの素晴らしい結末であることには違いない。私も映画館で鑑賞した際、拍手を送りたい衝動に駆られた。

 

人生は素晴らしい!

 前作『ウェディングベルを鳴らせ!』(2007年)は正直私にとってはやや不満の残る作品だった。エンタメ方向に振り切ったことが原因ではなく、何だろう、中途半端さが印象に残っている感じである。ちなみに究極のエンタメ娯楽作品『黒猫・白猫』(1998年)は私にとっては傑作である。

 そして、娯楽とメッセージ性の共存する今作『オン・ザ・ミルキー・ロード』は圧倒的だ。掛け値なしにおすすめである。爆音と共に悩みが吹っ飛ぶ。人生捨てたもんじゃないなと思える。

 
 『オン・ザ・ミルキー・ロード』を含む全てのエミール・クストリッツァ監督作品は「人生は素晴らしい」というエネルギーを発しているようでならない。人が、動物が、自然が生きている。笑っている。それ故、戦時中で至近距離に爆弾が落ちても人は呑気にしているし、スクリーンに溢れんばかりの動物たちや人々、力強い音楽は生命力に溢れている。それは理屈じゃないから全てのシーンが感動的で涙が溢れそうになる。

 私は同監督作品『ライフ・イズ・ミラクル』に人生を救われたと思っている。今作『オン・ザ・ミルキー・ロード』に人生を、希望を、命を救われる人がいたとしても全くおかしくはないと思うのである。

 

 
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』公式サイト

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