飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

僕たちは自由に生きるんだ『野宿入門』かとうちあき【著】

      2016/11/20

野宿入門―ちょっと自由になる生き方 (草思社文庫)

 野宿をしなければならない理由はどこにもない。
 読者である我々には(殆どの場合)帰る家があり、『野宿入門』の著者・かとうちあきさんにももちろん住む家があると記述されている。

 だが、なぜか著者は野宿の魅力に取り憑かれてしまった。
 家でぐっすり眠ればいいのに、近所の公園でわざわざ野宿をしたりする。旅をするために野宿をするというよりは、野宿をするために旅行をするといった節がある。終電を逃してしまったからやむを得ず野宿というよりは、終電を気にしなくていいように、野宿する気満々で公園で寝袋に入りながら飲み会を開いたりする。その発想はなかった。

 その野宿を全力で読者に勧めてくるのが本書『野宿入門』である。
 著者の野宿への情熱と愛がこれでもかというほど伝わってくる。
 野宿の素晴らしさを伝えようと真剣な反面、どこかとぼけたような語り口も魅力的だ。

 野宿である。
 世間の人々が、寝心地のいい高級布団だのふかふかのベッドだのと躍起になっている中、野宿である。
 優しく平易な文体のその行間には、強烈な反骨心がうかがい知れる。

『野宿入門』の読みどころは、4点ある。

 

1. おもしろ可笑しいエッセイとして

「野宿」――。ああ、なんてスバラシイ響きでしょう。
 中学生のとき、わたしは野宿というものに「自由」を感じ、憧れを持っていました。そして、高校で念願の「野宿デビュー」を果たし、それからいままで、かれこれ十数年、趣味としての野宿をつづけてきたのです。

 読み物として、おもしろい。時には声を出して笑ってしまったところもあった。

 野宿というある種異端なものを飄々と勧めてくる静かなる必死さ。
 首尾一貫して「野宿はスバラシイ」と喧伝し続けてくる。もちろん、リスクや危険が伴う行為には違いないが、それでも著者の「スバラシイ」は揺るがない。

 とはいえ、押し付けがましくないところにも著者の人柄が見えるようである。
 読み進めるうちに、野宿って結構スバラシイのかなと思い始める自分がいるのだった。

 

2. 未知の領域を知ることのできる冒険の書として

 野宿をすることによって、家からわずかしか離れていない場所、いつも見ていると思っていた場所にだって、まったくみたことがない姿があったと気付けるのです。野宿に慣れるという「野宿トレーニング」ができるだけでなく、「見知らぬ姿を持つ、見知ったはずの場所に出会える」。それが「家の近所の公園野宿」なのです。はっはっは、どーだ、まいったか。

 著者が遭遇した数々の野宿エピソード。
 公園で寝ていたら、朝、周りを人が囲んでいてラジオ体操が始まっていた。
 酔っ払って帰ってきたら家の中で何か物音がしたので、怖くなって近くの公園で野宿した。
 お巡りさんとの緩やかな攻防――。

 野宿をすることでしか味わえない体験があり、野宿をしていたからこそ出会えた人がいる。野宿から学んだ知恵があり、野宿を通してしか考えられなかったことがある。
 様々な体験を笑いを交えながら描き、ついでに野宿の素晴らしさについてゴリ押ししてくる。

 我々凡人にとって、野宿はちょっとした冒険だ。だけど、それはほんの手の届くところにある冒険なのだ。
 つい冒険に出たくなる魔力が本書には備わっている。

 

3. 野宿のスキル・知恵を学ぶことができるハウツー本として

「そうだ、野宿があるじゃないか」と思うことができれば、どんなに気が楽でしょう。「なんとかなる」と思えるのは、どんなに心強いことでしょう。

 人生、何が起こるかわからない。酔っ払って終電を逃すことがあるかもしれないし、何らかの事情で家に入れないことがあるかもしれない。最悪、家を失ってしまい、行く場所がなくなってしまうことさえあるかもしれない。
 そんな時でも「野宿スキル」があれば慌てずに済むと著者は言う。「なんとかなる」と思えることで、少し自由になれるとも言う。

 だって、明日、何が起こるかわからないのだ。突然に仕事を失うかもしれない。何もかも嫌になって、所持金も少なくあてもない旅にふらっと出てしまうかもしれない。
 著者の言う「野宿スキル」とは、極論、「死なないためのスキル」とも言い換えることができると私は考える。

 本書『野宿入門』では、野宿に必要なもの、野宿地の選定基準、おすすめの野宿地、野宿者にとって過酷な真夏・真冬の乗り切り方などが、著者の経験を踏まえた上でしっかりと解説がされている。唯一無二のスバラシイ本だ。

 私が万が一やんごとなき事態に陥って、この安いアパートを出なければならなくなったとき、何はなくとも本書を携えて当面は生きて行こうと思っている。
 本書を片手に街へ出かければ、その街のあらゆる場所が宿泊施設へと変貌するのである。

 

4. 僕たちを少し自由にするための読み物として

「ただお金を使うことで得られる快適さを求め、それに満足しているだけでは、なんだかツマラナイんじゃないか」、なんて思うのです。

 窮屈で生きづらい世の中だ、と誰もが思ったことがあるに違いない。
『野宿入門』は、野宿という行為における物理的な「寝床に縛られない自由」だけを喧伝しているのではない。

 豪華な照明と快適な居住空間、広々としたバスルームにふかふかのお布団。そういったものに囚われることだけ果たして幸せで満足なことなのだろうかという問題提起さえしているように私には感じるし、そこに最も共感する。
 もちろん、毎日毎日神経を擦り減らして仕事をし、快適で広い豪華な空間を手に入れるのが夢だという人もいるだろう。そういう向きは、そうして頂いて構わない。

 ただ、世の中には、世間が敷いたそういった「向上心!」「今日より明日を豊かに!」というレールに疑問を持ちつつも、何となくそうしなければならないっぽいからという理由で、嫌々ながら日々に縛られている人も少なからずいると思う。

 そういった人たちに、私は『野宿入門』をおすすめしたい。

 結果、実際に野宿を始めるべきかどうかはどうでもいい。
 読んでいる間、慌ただしい日常から少しだけ抜けだして、ふわふわと良質な息抜きの時間に包まれるはずだと確信している。

「いいトシして」なんて気にしていても、なんだかうまくいかないし、行きづまってしまいます。「かくあるべし」に縛られていては、何だか窮屈です。
 縛られたまま「ひと並み」から脱線しちゃった日には、なおさらでしょう。
 だったら、いくつになっても「トシ」や「世間体」に、必要以上に囚われないことが大切なんじゃないか、などと思うのです。

 
こちらもおすすめ:

▲ずいぶんとカジュアルな奇書。野宿とのぐそは切っても切り離せない。

 - エッセイ, やんごとなきハウツー本