必読!110冊もの珍書ガイドブック『世界の奇書 総解説』

世界の奇書・総解説―書物がうみだす不思議の世界 めまいの渉猟百科特設図書館 (総解説シリーズ)

 辞書を引けば「奇書」とは、「珍しい書物」であると書いてある。
 この上ない単純明快な説明だ。
 ただ私にとって、奇書とはそんな説明だけでは片付けられないものなのである。

 奇書とは、人間の想像力への挑戦が結実した産物である。
 常に有限な言語というものに設えられた限界との戦いである。
 既成概念への挑発である。
 人間の面白みや多様性の発露である。
 そのように私は考えている。

 それらは「奇書」という言葉で簡単に片付けられてしまうため、大抵は何の役にも立たない。
 確かに日本最大の奇書と呼び声高い『ドグラ・マグラ』は圧倒的だが、読んだからといってどうってことはない。「読んだよ」と誰かに自慢することくらいにしか役に立たないだろう。

 だがしかし、それら奇書には人間の根源的な何かを私は感じる。
 奇書と呼ばれ異端扱いされたものたちに触れることで、実用的・合理的な人間の営みとはかけ離れたサンクチュアリとも呼ぶべき場所に足を踏み入れたような気持ちになる。もしかしたらそこはサンクチュアリなどではなく、感じ方によっては地獄かもしれない。
 だが、そこは誰にも邪魔されない、大変に落ち着く場所なのだ。

 本書『世界の奇書』は、そのタイトルが示す通り、世界における古今東西の奇書と呼ばれるもの110冊を紹介してくれるガイドブックである。
 一冊一冊に概要と解説が大変丁寧に書かれている。大変素晴らしい。家宝にしたい。

 以下、気まぐれに5冊を簡単なコメント付きで紹介していく。
 サンクチュアリ(地獄)へと皆さんを招待しよう。

 

■『博物誌』プリニウス【著】

 古代ローマ時代の百科全書である。その対象は、動植物、宇宙、地質地理、薬草など、森羅万象に及ぶ。
 高校の世界史でプリニウス『博物誌』は最重要語句として教科書に掲載されていたし、模擬試験などでも度々目にした。
 『博物誌』がそれほど重要な書物であるのは、その内容の正確性によるものではない。はっきり言って出鱈目ばかり書いてある。イタリア現代文学の旗手イタロ・カルヴィーノは、その出鱈目の「思いがけなさは、ほとんど感動的だ」とさえ言っている(『なぜ古典を読むのか』より)。
 それでも『博物誌』は今なお、数多くの読書家を惹きつけて止まない。
 2000年前の知識の限界と現在の科学技術がもたらした正確な知識を比べて面白がるもよし、プリニウスという男の好奇心旺盛さに惹かれるのもよし(好奇心旺盛すぎて火山に近づきすぎて亡くなった)、古代の人々が何を考えていたのかを知るもよし。
 プリニウスの出鱈目さの魅力については、澁澤龍彦『私のプリニウス』に詳しい。


 

■『台湾誌』サルマナザール【著】

 18世紀初頭、ヨーロッパの読書界を席巻した書物である。まだ殆ど知られていなかった台湾という場所についての、その驚くべき実態を紹介したものだが、書いてあるのは全て出鱈目である。いわゆる、偽書だ。
 著者は驚異的な想像力によって、台湾についてのあることないことをでっちあげた。歴史から文化まで詳細に書かれている。架空の台湾語文字表とやらを捏造するまでの徹底ぶりである。
 『台湾誌』の内容は全て出鱈目であるものの、伝説の偽書として名を残し続けている。スウィフトの『ガリヴァー旅行記』に影響を与えた系譜のためとも思われるが、どんな出鱈目も妥協なく徹底的にやり込むことで、それは語り継がれ、伝説ともなり得るのだと私は考える。

 

■『ヴォイニッチ写本』

 1912年に発見された暗号書である。発見者の名前からとって『ヴォイニッチ写本』または『ヴォイニッチ手稿』と呼ばれる。文字らしきものと挿絵の約240ページで構成される。
 15世紀頃に書かれたものであると推測されているが、誰が書いたのかは不明で、文字らしきものは未だ解読されておらず、植物や天体図らしきものなどが書かれている挿絵も謎めいている。
 さらには、17世紀になって発明される顕微鏡を用いなければ観察できないような図が書かれていることもあり、もう何から何まで何が何だかわからない。世界最大の奇書として名高い。
 圧倒的なロマンがここにある。


 

■『フィネガンズ・ウェイク』ジェームズ・ジョイス【著】

 20世紀最大の文学者、ジェームズ・ジョイスの最後の作品。長編小説。
 「20世紀最高の小説」と聞くと、例えば、「ストーリーがすごい」とか「感動がすごい」とか思われるかもしれないが、そんなものとは無縁である。ジョイスの作品は「前衛がすごい」、言い換えれば、「わけのわからなさがすごい」のである。「すごくわけがわからない」と言ってもいい。
 そもそもこの『フィネガンズ・ウェイク』は、読めない。架空の言語で書かれているためである。最大級に読みづらい。
 その上、ストーリーも支離滅裂で、通常考え得るプロットがことごとく逸脱され、破壊されている。理解不能。
 日本語訳文庫本で計1300ページもある。よく日本語に訳せたと思う。
 地獄のような読書体験が待っている。

 

■『極地の錯誤』ウィリアム・リード【著】

 17世紀からずっと、地球は丸いことになっている。地動説である。北極と南極があり、地球はそれを軸としてくるくる回っている。
 時は経て1906年、20世紀初頭である。地動説に異論を唱える者が現れた。科学者であるウィリアム・リードである。
 彼はその著書『極地の錯誤』において、「地球空洞説」なるものを主張し、それが科学的に証明されたとした。
 リードによれば、「地球には極はなく、そこには巨大な穴が空いている。その穴は地球内部の空洞に通じている。地球内部にも人が住んでいる」のだそうである。
 とんでもない大胆な仮説だが、著者は妄想やオカルト信仰によってこのようなことを主張したのではない。
 膨大な北極探検者の記録から裏付けを取り、あくまで科学的に地球空洞説を証明しようと試みたのである。
 なかなか好感が持てるが、時は20世紀だよ。

 
 『世界の奇書』には他にも、強烈なインパクトを残す楽しい書物たちが、詳細な解説付きで並べられている。博識に裏打ちされたかなりの力作である。
 私の無人島に持って行きたい本のうちのひとつにリストアップされている。

 
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▲『世界の奇書』と同じシリーズ。紹介されている一冊ごとに大変に詳しい解説付き。