飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

保育所を増やしても働く女性は増えないという驚くべき事実

      2017/12/01

 2016年2月にはてな匿名ブログに投稿された「保育園落ちた日本死ね!!!」は日本中に反響を巻き起こし、国会でも取り上げられた。結果、政府は緊急対策をせざるを得なくなった。

 この問題の論点は、下記に集約される。

 一億総活躍社会じゃねーのかよ。
 昨日見事に保育園落ちたわ。
 どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。
 子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?
 何が少子化だよクソ。
 子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。
 不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。

 保育園落ちた日本死ね!!!(はてな匿名ブログ)より

 女性は子供が生まれたら子育てに専念せざるを得ない。だけど、子育てをしながら働きたい女性はたくさんいるし、政府も「一億総活躍社会」としてそれを推進している。そのためには保育所に子供を預けることが必要になってくる。にも関わらず、保育所の数が圧倒的に足りておらず、上記のように、熱望しているにも関わらず保育園に子供を預けられない人が出ているのが現状である。これでは働きたいのに働けない。矛盾した事態だ、というわけだ。

 
 ところで、根本的な話として「十分な数の保育所が確保されれば母親の就業率は高まるのだろうか?」という疑問がある。実はこれについてはエビデンスレベルで明確になっている。

 答えはノーだ。

 つまり、「保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない」(『「原因と結果」の経済学』P106)という。驚くべきことだ。下記、なぜそのような結論に達することになるのかを『「原因と結果」の経済学』を参考文献に読み解いていこう。

 

因果関係とは何か?

 この項はやや冗長になるので読み飛ばして頂いて構わない。

 因果関係とは「2つのことがらのうち、どちらかが原因で、どちらかが結果である状態」(前掲書P2)のことである。「○○だから、△△になった」ということである。

 何だ、簡単じゃないか、と早合点するのは迂闊である。データ分析によって因果関係を見出すには慎重を期する必要がある。なぜなら、偶然、トレンド、第3の変数の存在、逆の因果関係など、因果関係を誤謬させる事象は意外とたくさんあるからである。そのようなノイズに惑わされてはならないのである。

「偶然」による誤謬

 本書『「原因と結果」の経済学』の最も面白い部分に「まったくの偶然の相関関係」が取り上げられていることがある。具体的には「ニコラス・ケイジの年間映画出演本数」と「プールの溺死者数」がグラフで見ると美しく重なっているのである(参考記事:ニコラス・ケイジの映画が増えるとプールで溺死する人も増えるのか?|GIGAZINE)。

 この相関を見て「なるほど、プールで溺死する人が増えるのはニコラス・ケイジが映画に出演するからだ。悪いのはニコラス・ケイジだ」とはならないのは当然のことである。

「トレンド」による誤謬

 例えば、広告を出したらアイスクリームの売上が伸びたとしよう。「よし、広告の効果があったぞ」とするのは早合点である。なぜなら、その夏は例年よりも猛暑だったからかもしれないからである。気温が高いために人々がアイスクリームを求めたことが原因で売上が伸びたのであれば、広告を打たなくてもそれなりに売上は伸びたはずである。これでは「広告のおかげで売上が伸びた」とは言えない。

「第3の変数」による誤謬

「朝、太陽が昇ると目覚まし時計が鳴る」は因果関係だろうか? 一見、因果関係のように思えるけれど、実は違う。太陽が目覚まし時計を操作して鳴らしているわけではないからである。朝に目覚まし時計が鳴るのは、朝に起きたくてアラームをセットしたからである。このように原因(太陽が昇る)と結果(目覚ましが鳴る)の双方に影響を与える事象(朝に目覚ましをセットする)を第3の変数と言う。

「逆の因果関係」による誤謬

「人口あたりの警察官が多い地域ほど犯罪件数が多い」という事実が見つかることがある。「そうか、犯罪の原因は警察官だ」とはならない。これはそもそも犯罪の多い地域に警察官が多く駐在していることによるものであり、因果関係が逆なのである。「警察官が多いから犯罪が多い」のではなく「犯罪が多いから警察官が多い」のだ。

   *

 ここからが本題である。なぜ上記のような誤謬例を提示したかというと、そのような誤りに惑わされることなくデータ分析をした結果の「保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない」であることを明確に示すためである。

 

「保育所を増やしても働く女性は増えない」データ分析の結果

「保育所を増やしたら働く女性は増えるか」という問題を解くには「認可保育所の数」と「母親の就業」のあいだに因果関係があるかどうかを調べる必要がある。増加の因果関係があるなら「保育所を増やすことで母親の就業が増える」となり、因果関係がないとすれば「保育所を増やしても母親の就業は増えない」ということになる。

 答えは、東京大学の浅井友紀子氏、一橋大学の神林龍氏、マクマスター大学の山口慎太郎氏による論文の中にある。データ分析の手法は「差の差分析」である。ノルウェー、フランス、アメリカなどでは、認可保育所が整備されたにも関わらず母親の就業は増加しなかったと報告されているが、下記に述べる分析結果はここ日本におけるデータを用いているという点で非常に実用的なものだ。

 
「差の差分析」は2つの差を検討することで、因果関係を推定する手法である。

1つ目の差:「1990年」から「2010年」にかけての各都道府県の母親の就業率の差
2つ目の差:「県別の保育所定員率が増加した都道府県」と「県別の保育所定員率が増加しなかった都道府県」の母親の就業率の差

 この2つの差を取ることによって、トレンドによる誤謬を避けることができるというわけである。で、その結果、前述の通り「保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない」という結論に達した。つまりは「保育所を増やしても働く女性は増えない」のである。

 直感や感覚ではなく、きちんとしたデータ分析手法によって「保育所を増やしても働く女性は増えない」と結論付けられているところに意味がある。

 

なぜ保育所を増やしても働く女性が増えなかったか

 誤解してはいけないのは「女性に働く意欲がない」ということではないことである。

 母親の就業率が上がらなかった理由としては、そもそも就業意欲の高かった女性は祖父母、ベビーシッター、認可外保育所などの私的な保育サービスに子供を預けて働いていたことが挙げられる。認可保育所の増加は、私的な保育サービスから認可保育所への乗り換えを促しただけで、女性の就労を底上げしたわけではなかったという。

 つまりは、働きたい女性は認可保育所に子供を預けられなかったとしても代替サービス(特に祖父母)を利用して働くことを選んできたのであり、認可保育所が増えたからといって女性の新規就労意欲を刺激することにはならなかった、と言うこともできるかもしれない。

 
 直感は時に間違う。直感とはこの場合「保育園を増やせば働く女性が増えるはずだ」という思い込みである。しかし、分析してみると事実は違った(保育園が無意味であるということではなく、女性の雇用を創出しなかったということが論点である)。

 求められているのは、私たち一人一人がきちんと分析することである。きちんと考えることである。熱狂に惑わされないことである。

「保育園の増加は働く女性を増やさない」という科学的事実は、政府が女性の活躍のために認可保育所を増やしたとしても少なくとも雇用創出には全く繋がらないことを意味している。にも関わらず、多額の税金を使って保育園を増やすことに果たしてどんな効果があるだろう。表面上は素晴らしい政策かもしれないけれど、本質的には無意味な行為となる可能性が高いように思えないだろうか。

 これはもちろん政治批判ではない。私たち一人一人がきちんと分析すること、きちんと考えること、熱狂に惑わされないことが重要であるということを「保育所を増やしても働く女性は増えない」事実から学んだという話である。なぜなら私も保育園を増やせば働く女性が増えると思っていたからであり、本稿で紹介した結論にはひっくり返りそうになるほどの衝撃を受けたからである。

 
参考記事:保育所の定員を増やしても女性の就業は増えません|Togetter(※論文の著者の一人である山口慎太郎氏によるツイートがまとめられている)

 

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