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仮想通貨投資に役立つ行動経済学用語集の備忘録(3/5)結果に関わるもの編

      2018/05/06

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ナシーム・ニコラス・タレブは著書『ブラック・スワン』の中で「講釈の誤り」という概念を提示している。何かが起こった後で因果関係をこじつけてもっともらしく解釈することである。

記憶の中で過去の出来事を思い出すとき、私たちはその後の答えを知ったうえで思い出している。出来事の本当の流れではなく、再構成した形でしか思い出せない。

『ブラック・スワン(上)』(ナシーム・ニコラス・タレブ、P138)

現在のところボラリティが非常に高く、毎日のように何かが起こっている仮想通貨界隈ではこれがよく散見される。「やっぱり爆上げした。そんな気がしたんだよねー」。では、当人が爆上げ直前に実際に買っていたかと言うとそうではない。「そんな気がした」なら買っていれば今頃は億万長者になっているにも関わらず。

 
人には全ての事象に因果関係をこじつけないと気が済まない本能がある。人間が狩猟採集生活をしていた頃、例えば「南へ行ったら食料が豊富にあった」「蛇に噛まれたら人が死んだ」などという因果関係の構築は、生き延びる上で有効な手がかりになったからである。

おおよそ直感によって築かれる因果関係は正しいことが多い。だけど、時に間違う。結果を間違って解釈してしまう。その間違いの傾向をここで紹介していこう。

 
関連記事「仮想通貨投資に役立つ行動経済学用語集の備忘録」(全5回):
(1/5)現在と将来に関わるもの編
(2/5)利益と損失に関わるもの編
・(3/5)結果に関わるもの編(この記事)
(4/5)見たものが全て編
(5/5)その他の認知の誤謬編

 

結果バイアス ―結果だけを見て全体を判断してしまうこと

決定にいたるまでのプロセスが適切だったかどうかではなく、結果が良かったか悪かったかで決定の質を判断することになる。

『ファスト&スロー(上)』ダニエル・カーネマン(P356)

結果バイアスとは、結果だけを見て物事の善し悪しを判断してしまうことである。正しい判断・実行をしたのに結果が伴わなかった場合には非難される。逆に、間違った判断・実行をしたのに偶然うまく行った場合には非難されないどころは賞賛さえされる。これは日常生活の中でも非常によく見られるものである。

 
・オリンピックでメダルを獲得した選手は「努力家、才能がある、優れた人格」と評価され、入賞できなかった選手は「怠惰、凡庸」などと評価されてしまう。
・炎上したから「悪い」と決めつけられてしまう。
・根拠のない風評によってたまたま株価が下がった会社の経営者が「経営の仕方が悪い」と弾劾される。

 
まだまだ黎明期で何だかよくわからないものである仮想通貨においても例外ではない。ビットコイン価格がニュースになるくらい落ち込むと「ほら見ろ、仮想通貨なんて価値がないんだ」と決めつける人が必ず出て来るが、当人がブロックチェーンの本質についてどれだけ理解しているかは不明である。ビットコインの価格とビットコインの将来性については無関係である。

もちろん、逆も然り。価格が上がっている時には「やっぱり、仮想通貨には将来性がある」と判断しがちだけれど、それも結果バイアスの誤謬であると言えるだろう。表面的な結果と本質とは無関係であると覚えておこう。

 

後知恵バイアス ―何かが起きた後で「そうなると思ってた」と思い込んでしまうこと

人は、何かが起きた後で、それが当然の結果だとは思わないまでも、あたかも自分は前もってそうなるのではないかと予想していたかのように考えてしまう傾向がある。(略)特に問題なのは私たちはみんな、他人が後知恵バイアスに影響されていることは認識できても、自分にこのバイアスがかかっていることはいっこうに自覚していないことである。

『行動経済学の逆襲』リチャード・セイラー(P44,45)

後知恵バイアスとは、何かが起きた後で「前からそうなると予想していた」と思い込んでしまう現象である。これはもう当該事象が起きる前の記憶が書き換えられていると言ってもいいレベルであり、自覚が殆どない。

これも例を上げれば枚挙に暇がない。2001年の同時多発テロ、2008年のリーマンショック、2011年の原発事故などの大事件について「起こると思っていた」という人が少なからずいるように思うけれど、そんなわけがないのである。「起こると思っていた」なら未然に防ぐための活動・対策を、 事故が起きた後と同じくらいの規模で起きる前にもすべきだったではないか。

仮想通貨投資においても、2017年夏頃までに何らかのコインを買っていた人は「価格が上がるとの確信があった」と答えるだろうし、2018年初頭に買わなかった人は「バブルが弾けると予想していた」と答えるだろうけれど、殆どの場合、そんなことはないのである。

人は後知恵バイアスによって自信過剰になり、無知をさらけ出す。かく言う私も、最近知ったこの「後知恵バイアス」という概念を前から知っていたような気になっている。はい、気をつけます。

 

生存バイアス ―成功者の言葉を大きく捉えてしまうこと

生存バイアスとは、生存者(成功者)を基準にして物事を考えてしまう認知バイアスの一種である。生存者バイアスとも言う。

生存バイアスでよく用いられるわかりやすい例は、体罰についての発言である。「昔は体罰なんて普通だった。厳しい教育のお陰で俺はこうして立派な大人になった。だから体罰は有用だ」とテレビタレントやマッチョな上司が言うのを聞いたことがあるかもしれない。

しかし、ここには誤謬がある。体罰の中で育ったにも関わらず無法者になっている人もいるかもしれない。体罰がトラウマになってしまった人もいるかもしれない。そのような意見が全く反映されず、テレビタレントや上司という「成功者」の意見が大きく喧伝されてしまうのは偏っているというわけだ。

あるいは、成功者の自伝や著書が「成功のための教科書」のように崇められるのも生存バイアスの一種であると言える。同じような行動をとったからといって皆が成功するとは限らない。

 
投資の世界では生存バイアスには特に気をつけなければならない。なぜなら、未来のことなんて誰もわからないので投資で儲けることは単なる運に過ぎないからである。にも関わらず、大儲けした一部の人は「私と同じようにやれば儲かりまっせ」とセミナーを開いたり情報商材を売りつけてきたりする。

生存バイアスに惑わされないためには「誰が言っているか」ではなく「何を言っているか」に焦点を当てることが重要になると思う。

 

ピーク・エンドの法則 ―ピーク時と終了時の印象で記憶が形成されてしまうこと

この人は、40分におよぶ長い交響曲をうっとりと聴いていた。ところが曲の最後の方でCDに傷があったらしく、ひどく耳障りな大きな音がした。そこで、「せっかく楽しんでいたいのにぶちこわしになった」というのだ。(略)この男性は最後が悪かったからというので経験全体の評価を下げたわけだが、そのように評価したのでは、40分ちかくにおよぶすばらしい時間を無視したことになってしまう。

『ファスト&スロー(下)』ダニエル・カーネマン(P267〜268)

ピーク・エンドの法則とは、過去の経験について「ピーク時の感情」と「終了時の感情」だけを材料として判断してしまうことである。「その感情がどれくらい続いたか」や「その感情の総量」は判断材料としては全く無視されてしまう。

上記引用文では、素晴らしい曲を聴いていたのに最後に雑音が入ったというだけで「ひどい経験をした」とみなしてしまった。音楽を聴いていた時間はうっとりと素晴らしかったというのに「終了時の感情」だけでその時間を全否定してしまったのだ。

 
このピーク・エンドの法則も様々な場面に当てはまる。ひどい別れ方(浮気をされたなど)をしてしまうと、恋愛中にどれだけ幸福だったとしても最悪の記憶として残ってしまう。ギャンブルでたまたま大金を手にすると「これは儲かる」と勘違いして泥沼に嵌ってしまう。ハッピーエンドの物語は「いい話だった」と印象に残ってしまう――。

もちろん、投資においても私たちはピーク・エンドの法則に影響される。

 
・ビットコイン価格が200万円を超えていた時(ピーク)の印象が強く残ってしまい、今の価格は安いと感じてしまったり、またあの頃に戻らないかなーと根拠のない幻想を抱いてしまう。
・高値で売り抜けること(エンド)ができたので「投資は儲かる」と思い込んでしまう。
・投資を始めてみたけど、買ったらすぐに暴落して損切り(エンド)してしまったので「投資なんて詐欺だ」と失望してしまう。

 
ピーク・エンドの法則は私たちの「経験」と「記憶」が必ずしも一致していないことを示している。「幸福な経験」を必ずしも「幸福な記憶」として私たちは認識していない。だからこそ、平穏な日々がもたらす幸福を蔑ろにして過激でスリリングな一瞬のスリルを求めてしまったりするし、過ぎ去った青春時代に過剰なノスタルジーを感じて「昔は良かった」なんて言い張ったりする。

投資とは関係ないけれど、ピーク・エンドの法則が示すことは私たちに幸福とは何かを問いかけているようでならない。

 
関連記事「仮想通貨投資に役立つ行動経済学用語集の備忘録」(全5回):
(1/5)現在と将来に関わるもの編
(2/5)利益と損失に関わるもの編
・(3/5)結果に関わるもの編(この記事)
(4/5)見たものが全て編
(5/5)その他の認知の誤謬編

 
参考文献:

 - コラム