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読まずに死ねない!読了した海外文学の名作10冊の感想

      2018/05/11

読まずに死ねない!読了した海外文学の名作10冊の感想

 

1.『レ・ミゼラブル』ヴィクトル・ユゴー

ビレ・アウグスト監督映画『レ・ミゼラブル』(1998年)に感動したので、原作を読んだ。非常に長い作品だが、決して読みにくくはない。ところどころストーリーが進まずに街の描写や時代背景にページが割かれる部分があるので退屈に思えてしまうかもしれないが、著者は親切にも「つまり、◯◯である」と各章の最後でまとめてくれているので、全てを理解して読み進めなくても大丈夫である。

主人公たるジャン・バルジャンが最初の80ページくらい出て来ず、ミリエル司教なる人物の描写に終始するのでそこで挫折してしまう人が多いと思われるが、読み飛ばしても構わない。

映画やミュージカルでストーリーを頭に入れておくと原作が更に読みやすくなるだろう。2012年にミュージカル映画としてトム・フーパー監督によって映画化されたものがとても話題になったけれど、私はあれは駄目だった。登場人物がいきなり歌い出すのが耐えられなかった。

 

2.『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ

タイトルがかっこいい小説として必ず名前が挙がる名著。そして、書き出しから「ニーチェは永遠回帰と言ったけれど」なんて哲学的なテーマから始まるので、初読で面食らうことは必至。人生にとって重要なのは「重さ」か「軽さ」か、となかなか小難しい問題提起からストーリーが幕を開ける。

しかし、恋愛小説としてもおもしろく読めるし、人生とは何かという謎を解き明かす物語としても良質。そして、名言の嵐。殆ど1ページ毎に感心させられる。あなたにとって人生は「重い」ものだろうか、それとも「軽い」ものだろうか。

 

3.『やし酒飲み』エイモス・チュツオーラ

岩波文庫と言えば装丁が非常にそっけなく、何やら小難しい本ばかりがラインナップされているという印象があるかもしれないが、この『やし酒飲み』はその中にあって異質である。

まず、笑える。著者のエイモス・チュツオーラは片言の英語でこの物語を書き上げたらしいが、その雰囲気を出すために天才の日本語訳者は語尾の「です・ます」と「だ・である」を文中にランダムに散りばめた。これが良い。おもしろい。何とも間の抜けた雰囲気が作品全体に漂っている。

ストーリーはあってないようなもので、一本道のアクションゲームさながら。何も考えずに読める。感情移入なんてないし、本書から何かを学んで人生に活かすことも無用だろう。そこがいいのだ。人を選ぶ小説かも知れないが、選ばれた人は幸いだ。

 
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4.『タタール人の砂漠』ディーノ・ブッツァーティ

ストーリーは一言で説明できる。「タタール人が攻めてくると言われている辺境の砦に派遣されるが、いつまで経ってもタタール人が攻めてこない物語」である。従って、基本的に何も起こらない。

それにも関わらず本書はとてもおもしろい。何も起こらないのに夢中になって読んでしまった。その理由としては、まず文章があまりにも美しいこと、そしてこの物語自体が我々の人生の縮図になっているからである。

私たちは「何かおもしろいこと起きないかなー」とか思いながら何も起きない日々に埋没していないだろうか。社会や組織が決めたわけのわからないルールをいつの間にか受け入れて、わけもわからずに「これが社会であり大人ってもんさ」なんてしたり顔で過ごしていないだろうか。

この物語、最後の最後でストーリーが動く。それを目の当たりにした時、もはや他人事とは思えないだろう。私はこのラストが悲しすぎて思わず笑ってしまった。

 
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5.『変身』フランツ・カフカ

朝起きたらグレゴール・ザムザが毒虫に変わっていたというあまりにも有名な物語である。文庫本で非常に薄いので夏休みの暇つぶしに読んだ人もいるかもしれない。20世紀は不条理劇が流行していたように思うが、全てはここから始まった。

感想については特にないので割愛するが、2015年に書き出しの「毒虫」にイノベーションがもたらされた。多和田葉子訳においてそれまで「毒虫」や「巨大な虫」と表現されてきたものが「ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」と表現されたのである。原著のUngezieferに該当する日本語訳がないとして、そのままカナ表記したもののようだ。

 

6.『異邦人』アルベール・カミュ

『変身』同様、その文庫本の薄さから夏休みに読んだ人が多いと推測される。書き出しの「きょう、ママンが死んだ」と、中盤の「太陽のせい」は有名。

感情移入を拒絶するように仕立て上げられた小説に違いないが、私はこれを読んで「これ、俺のことを書いてるのか」と思った。同じような「これ、自分のこと?」小説に太宰治『人間失格』があるが、そちらは特に何の感興ももたらさなかった。

主人公のムルソーはママンが死んだにも関わらず、その後すぐに恋人とバカンスに出かける。で、物語の後半ではそれをあげつらわれて「家族が死んだにも関わらず恋人とイチャつくような奴は人間じゃない」などと散々言われる。人はそうやって誤解されたまま死んでいく、何て理不尽なのだろうと強く思った記憶がある。

ちなみに著者のアルベール・カミュは日本でタレントとして活躍していたセイン・カミュと親戚関係にある。

 

7.『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

2017年にノーベル文学賞を電撃受賞したカズオ・イシグロの代表作。映画化、ドラマ化、舞台化など様々に表現されているので、タイトルだけは聞いたことがある人も多いと思われる。

まず、タイトルが良い。原題は”Never Let Me Go”で意味は同じなのだが、こんなにも印象的で読みたくなるタイトルに仕立て上げられている。カズオ・イシグロの物語は「記憶」がテーマになっていることが多く(信頼できない語り手)、読み返してみると新たな発見があるだろう。

個人的にこの本には色々な思い出があるので、内容を正常に評価できない。全ては記憶の中だ。

 

8.『木のぼり男爵』イタロ・カルヴィーノ

イタリア文学の巨匠にして異端児イタロ・カルヴィーノである。何冊か読んだがこの『木のぼり男爵』が一番おもしろかった。タイトルが良い。

12歳の時にカタツムリ料理を食べるのが嫌で食卓から逃げ出し、それ以来、生涯を木の上で過ごすコジモを主人公とした物語。こんなあらすじおもしろいに決まっている。カルヴィーノの小説は自然描写の美しさと優しさ、そして人間描写における温かくも骨太なパンクスピリッツが特徴だ。

コジモとともに樹上へ大冒険を繰り広げることができる。退屈な日々とはさよならだ。読後感がとても良く、一生印象に残り続けるに違いない。

 
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9.『アドルフ』バンジャマン・コンスタン

文学上のクソ野郎を一人挙げろと言われたらアドルフは有力な候補だ。アドルフと言ってもヒトラーとは関係ない。ストーリーを簡単に述べれば「彼女欲しいなーと思って彼女を作ったが、愛されることがすぐさま重荷になってやっぱり別れたいと思い始めるけれどなかなか言い出せず、だらだらしているうちに悲劇が起こる話」である。

世界中の恋人たちが幾度となく繰り返してきたであろう何の変哲もない物語だけれど、本書の特筆は「とにかく主人公男の心理描写がとてつもない」点である。従って、男性が読めば「あーわかるわー」となり、女性が読めば「やっぱり男ってクズだよね」となる。そもそもが「彼女が欲しい」を「女を支配したい」と表現しているところに正直さと言うか、自分勝手さが現れている。

同じような物語に『肉体の悪魔』(レイモン・ラディゲ)がある。こちらは『アドルフ』に謎のロリコン要素が加わったような展開がある。

 
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10.『予告された殺人の記録』ガルシア・マルケス

『百年の孤独』で有名なガルシア・マルケスの中編小説。上で挙げた『変身』『異邦人』と同様、新潮文庫から出ている薄い海外文学シリーズ。そもそも子供向けとして書かれたものらしく、読みやすい。

とは言え、最初は何が書いてあるのかよくわからない。群像劇のようであり、ルポタージュようでもあり、この物語に主人公はいない。時系列もバラバラに様々な事象が断片的に語られるので、読み始めは「?」となる。読んでいくうちに点と点が繋がっていき、面白くなっていく。計算され尽くした構成。本当におもしろく読んだ記憶がある。

サンティアゴ・ナサールという人物が殺されることは街中の人間がわかっていたし、犯人もそれを宣言していた。なのに、ナサールはそのまま殺されてしまった。それはなぜかを解き明かしていくストーリーである。

そう言えば、朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』では「桐島がバレーボール部をやめたらしいぞ」ということを周りの人物が語りつつもそれぞれの成長物語になっている秀逸な作品だった。桐島視点で物語は描かれない。ガルシア・マルケスの『予告された殺人の記録』と聞くと「難しそう」と身構えてしまいがちだが、『桐島』の殺人事件版だと思えばとっつきやすいのではないかと思う。

 
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