私が考える最高の恋愛小説『情事の終わり』グレアム・グリーン【著】

情事の終り (新潮文庫) 

 愛とは何か。
 ここにひとつの答えがあるかもしれない。
 「20世紀文学最大の恋愛小説」と言われるグレアム・グリーンの長編『情事の終わり』である。

 主な登場人物は3人。
 ・ベンドリクス  
   物語の語り手。小説家。人妻であるサラと一年半前まで不倫関係にあった。独身。
 ・サラ
   ヘンリの妻。ベンドリクスと不倫関係にあったが、ある日、一方的に関係を終わらせる。
 ・ヘンリ
   サラの夫でありベンドリクスの親友。

 「これは憎しみの物語だ」と読者に語られるところから始まる。物語はベンドリクスが執筆する私小説という形になっている。
 ベンドリクスは、ある雨の日、親友であるヘンリからある依頼をされる。「妻であるサラの様子がおかしい。毎晩、こそこそと出かけているようだ。隠れて誰かと会っているのかもしれない。調査してくれないか」
 ベンドリクスは内心で憤る。嫉妬であり、憎しみである。
 かつてのことに思いを馳せる。

 一年半前まで、ベンドリクスとサラは愛し合っていた。不倫ではあるが、情熱的な愛だった。
 時は第二次世界大戦中、二人が愛し合っている最中に建物に空爆が直撃し、ベンドリクスだけが生き埋めになり気を失ってしまう。
 ものの数分でその場で目を覚ましたベンドリクス。だが、サラの様子がおかしいことに気づく。
 サラは、ベンドリクスが目を覚ましたことに驚いた表情を浮かべながらも、毅然とした態度で、「もう二度とあなたとは会えない。でも、愛は終わらないわ」との言葉を残して去っていく。ベンドリクスはわけが分からなかったが、それを受け入れるしかなかった。

 ヘンリによれば、そのサラがまた誰か他の男と密かに会っているらしい。
 ベンドリクスの嫉妬はその男への嫉妬であり、憎しみはサラへのそれである。
 ベンドリクスは探偵を雇い、サラが密会しているらしいその男の正体を興味本位で突き止めようとする――。

 物語は「サラはなぜ突然ベンドリクスの元を去ったのか」「サラが密会しているというのは誰なのか」を解き明かす一種のミステリーのような構成の元に展開していく。
 ラブストーリーにもいろいろなタイプのものがあるが、『情事の終わり』は稀有な物語である。このようなストーリーは、少なくとも私は見たことがない。

 私にとって『情事の終わり』は、三つの点で大変印象に残った。

 一つは、登場人物の誰にも感情移入できる点である。皆がそれぞれに究極に切ないのだ。
 ベンドリクスは憎しみと嫉妬という切なさを抱えてサラの身辺調査に乗り出す。
 ヘンリは、愛する妻が不倫でもしているのではないかと不安を抱えている。
 サラは愛に生きる故の切なさに甘んじて日々を過ごしている。
 これは、人間という感情のある不思議な存在に関する物語であり、愛という未だ誰も明確な答えを出したことがない曖昧なものに関する物語であると私は思った。
 グレアム・グリーンがどういう意図を持ってこの物語を作り上げたのかは私は寡聞だが、単なる不倫だの浮気だの三角関係だのという枠を超越した物語であるということだけは言える。

 二つめは、前述した謎に関する部分である。
 誰が善人、誰が悪人というのは全くない。不可抗力によって二人は引き裂かれたなどという飛び道具的な展開もない。
 我々の内に秘める極限の感情――例えばそれが愛というやつかもしれない――のみによって紡がれる物語なのである。
 サラは確かにベンドリクスを言葉では伝えられないくらいに愛していた。だが、なぜ自ら身を引くに至ったのか。この真相が解き明かされる部分は大変に見応えがある。

 最後に、結論がはっきりと提示されない点である。100人いれば100通りの感じ方が可能であると思う。
 物語の良し悪しに始まり、登場人物の誰の気持ちが一番よくわかったか、あるいはわからなかったか、ストーリーは結局どういうことだったのか、様々な点でいろいろな議論ができると思うし、もう一度読み返せば新たに感情が揺さぶられる部分もあるだろう。深読みすれば、きりがないほどである。
 私は感銘を受けたが、きっと馬鹿馬鹿しいと思う人もいるに違いない。それはそれで構わない。これほど多様な感想が持てる物語は稀有であると思うからである。
 私もことあるごとに思い出しては、様々なシーンや登場人物の思いについて、結論のない問いを頭の中で逡巡させてしまう。

 『情事の終わり』は、ここ日本では評価が二分されているようである。
 グレアム・グリーンはイギリスの作家であり、この物語の舞台もロンドンである。文化や慣習の違いで日本人にはなかなか理解できない部分が、もしかしたらあるのかもしれない。
 しかしながら、前述の通り、『情事の終わり』はシンプルな中にも人間を究極に書ききった物語であると私は考えている。つまり、それが伝えるのは文化や慣習にとらわれない普遍的なものだということだ。

 ちなみに、『情事の終わり』はニール・ジョーダン監督によって映画化されており(タイトルは『ことの終わり』)、これがまた素晴らしい作品である。
 100分程度の短い作品であり、原作にほぼ忠実に映像化しているので、こちらを観るだけでも事足りる。

 ちなみに私は、この『ことの終わり』を観終わるや否やすぐさまもう一度初めから見直して、後にこの原作も読んだのだった。
 私小説であり、大半はモノローグであるため、原作のほうが登場人物の、特にベンドリクスの感情面について細かに描かれている。


 
こちらもおすすめ:

▲映画『シャンドライの恋』の原作所収の短編集。無償の愛とは何か。答えの一つがここにある。

 

▲全てのページで主人公たちは自問自答。悩む過程で溢れだす名言たち。愛を書ききった傑作。