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歴史上のブラック&シュール職業大事典『こんな仕事絶対イヤだ!』清水謙太郎【著】

      2016/11/19

こんな仕事絶対イヤだ! (アルファポリス文庫)

 トニー・ロビンソン著『「最悪」の仕事の歴史』が欲しかったのだが、少々値が張るので手が出なかった。
 従って、著者である清水謙太郎さんには失礼なこととは思われるが、同じようなコンセプトの書籍である『こんな仕事絶対イヤだ!』を手に取ったのだった。

 人類の歴史上、主に古代や中世で最も過酷でブラックであろう仕事の数々がまとめられたものである。前掲の『「最悪」の仕事の歴史』は、主にイギリスのブラックな仕事についてまとめられたものだが、本書はそれのみならず、欧州に加えて日本における過酷すぎて思わず笑ってしまうような仕事やわけのわからない職業も掲載されている。
 ひとつひとつの項目における解説は浅く短めだが、90種ものブラック職業が広く紹介されている。

 最初に紹介されているのは、「隠遁者」なる職業である。

 中世イギリスでは、支配階級の間で古代ローマへの回帰をうたった“新古典主義”ブームが起こっていた。金持ちの文化人たちは、こぞって自分の屋敷や庭を古代ローマの田園っぽく改築した。中でも、庭に『隠遁者』を住まわせるのがオシャレ上級テクとされていた。隠遁者とは、人生や富の追求に嫌気が差した世捨て人のようなもの。中世版ニートと評してもいいだろう。だが、実際にそんな人がおいそれと見つかるわけもない。そこで、食い詰めた貧乏人や詩人、変なおじさん(リアルな意味で)などを金で雇うことにしたわけだ。“金持ちの道楽”というフレーズがこれほど見事にハマる例もそうはないだろう。

 読んで分かる通り、文章がやや軽薄である。
 だが、仕方ない。より多くの読者獲得のための措置なのだろう。目をつぶろう。
 まして、イギリスの「隠遁者」なる職業に言及されているもので、これほどまでに手に入りやすい書籍は他にないのだ。
 文章はあれだが、巻末にはしっかりと少なくない量の参考文献や参考ウェブサイトが掲載されており、しっかりと調べまとめた形跡が伺える。

 ブラックな仕事と言えば、かつての3Kに代表される「きつい・危険・汚い」が思い浮かぶ。
 本書でもやはりそういった仕事は多めに取り上げられている。

 反吐収集人
 ローマ帝国時代、食卓において食べては吐き、食べては吐きを繰り返していた美食家たちの吐瀉物をひたすら片付ける仕事。奴隷階級の人々が従事していた。

 蛭収集人
 沼地に入り、蛭(ヒル)をひたすら集める仕事。自らの血が蛭に吸われるのを黙って耐えて、蛭が自然と自分の足から離れるのを待ってから収集する。蛭は西洋医学にとっては治療のために必要不可欠なものだった。

 踏み車漕ぎ
 中世ヨーロッパの建築現場における、木製人力クレーンの動力源。飼育されているハムスターの回し車のような機構を想像してもらえればいい。ハムスターの代わりに人が歩いてその回し車を回転させ、綱を巻き上げる動力とする。高所を怖がらないように、盲目の人物が主に従事した。

 爆破火具師助手
 16世紀末のフランス。城門を破壊するための爆発物を、敵の城門の錠にしっかりと固定し、設置する仕事。爆発に巻き込まれて命を落とす場合もある。

 疫病埋葬人
 14世紀から18世紀の間、ヨーロッパ全土で猛威を振るったペストで亡くなった人たちを埋葬する仕事。感染拡大防止の為に身内でさえ埋葬に立ち会うことを禁じられていた。疫病埋葬人は、墓地区画の外れに大きな穴を掘り、ズタ袋に入れられた遺体を数体まとめて放り込むことが務めとなる。

 紡績機掃除人
 産業革命は我々に大きなイノベーションをもたらしたが、その影で機械を掃除する人がいたことを忘れてはならない。紡績機に溜まっていく大量の糸ぼこりを、稼働中の大型機械の下に潜り込み、掃除する人たちがいたことを。従事者は子供。機械は稼働したままだから、巻き込まれて最悪の事態になることもしばしば。一日十数時間働いて、パンを幾つか買えるくらいの賃金。まさにブラック。

 その他、ブラックというよりは、わけのわからない職業も、主に日本の江戸時代から紹介されている。
 中には本当に意味不明なものもあり、私はこの辺のくだりがわりと好きである。

 

 曲屁(屁ひり男)
 屁の音で擬音や音楽を表現する曲芸師のこと。安永3年(1774年)に登場した霧降花咲男なる人物がその第一人者として知られている。三味線と小唄、浄瑠璃と組んでセッションするのが基本スタイルとなっており、主役の屁ひり男はステージの中心で着物の裾をまくって知りを高く突き上げる。(略)気になるレパートリーは、音をだんだんと高くしていく“梯子屁”、マシンガンのように連発する“数珠屁”に加え、鶏の鳴き声や水車のせせらぎ、花火の爆発音まである。

 そそそ
 宝暦・明和(1751〜1772年)の頃に見られた、仏教の行者。弁天堂建立のための寄付箱を背負って、江戸市中を渡り歩いた。頭にかぶった菅笠に大きく、“そそそ”と書かれていたのが、そのまま職業名として語り継がれている。ちなみに、3つの“そ”とは「その身、そのまま、その時」の略。仏教的な意味合いを含んでいるのか、深遠すぎてさっぱりわからない。

 親孝行
 天保(1830〜1844年)の末期に出現した大道芸、あるいは物乞いの一種。一見、若い男が老人を背負っているように見えるが、若い男のほうはハリボテの人形。老人に扮した男が、胸元に若い男の人形を吊り、自分を背負っているように見せかけているのだ。そして、「親孝行でござい〜」と言って街を巡り、銭を乞うた。江戸時代の物乞いはやたらとシュール系が多いが、これはその最上級と断言しても過言ではないだろう。「だから何?」このひと言に尽きる。

 本書との向き合い方は様々ある。
 こんなにもつらい仕事があるのだと心を癒やすも良し、歴史の資料や知的好奇心を満たすためのものにするも良し、“そそそ”のようなさっぱりわけのわからないものに笑わされるも良しだ。

 
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▲かつてイギリスに実際に存在したブラックなお仕事総まとめ。

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