飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

好きなときにタクシーを呼びたい『独裁者になる方法』アンドレ・ド・ギヨーム【著】

      2016/11/20

独裁者になる方法

 このご時世、独裁政権に対する風当たりは非常に強度を増している。ソ連崩壊がビッグバンとなった社会主義独裁国家の衰退、フセイン政権の崩落、ごく最近ではアラブの春などの影響で、これから独裁者を目指す者は殆ど世界のトレンドに反するとして白い目で見られるであろうことが容易に予想される。欧米や国連も常に目を光らせている。
 しかし、万物は流転する。歴史は繰り返し、回帰する。
 独裁が世界のトレンドに再び返り咲くことが二度とないと誰が言えるだろう。来たるべきその時に向け臥薪嘗胆、虎視眈々としておくことは、「どうしても独裁国家を作りたい」と願う者にとって決して無駄ではあるまい。

 本書『独裁者になる方法』は独裁国家を作るための初歩の初歩を学びたい人のための入門書である。
 間違っても専門家や玄人向けのものではない。そのため内容は広く浅く書かれているし、独裁経験者の筆によるものでもないため机上の空論に終始するきらいもある。
 しかし、どんな偉大なるフィールズ賞受賞者も小学校で簡単な足し算から始めたように、どんな華麗なるメジャーリーガーもまずはボールに触れることを目的としたボール拾いからさせられたように、独裁を目指す者がややサブカル寄りの本書から始めて、やがて一人前の独裁者となる礎を築く可能性は全く否定できないであろう。

 少し長いが、本書の冒頭「はじめに」の部分を引用してみよう。自信に満ちた力強い文章だ。

 本書には、古今東西の独裁者、絶対的権力者のケーススタディーから学んだアドバイスがぎっしり詰まっている。まさに、みなさんの夢をかなえるためには欠かせない、究極の成功マニュアルだ。
 世界制覇に必要なものは、生まれ持った才能や運ではない。日々、夢を信じ、目標に向かって努力を怠らない態度だ。そのためにも本書から教訓を読み取ってほしい。歴史上の偉大な指導者たちにならい、あきらめることなく、前進してほしい。
 いつでもこの本を手元に置き、暗唱できるまでに読み込もう。重要ポイントにはマーカーを引き、目標を書き出してみよう。そして、ただひとり独裁者という道なき道を歩むことに孤独を感じたり、自身を失いそうになったときは、すぐに取り出して読み返してみよう。
 そうすればきっと、孤独を癒し、自身を取り戻すことができるはずだ。目標を達成するまでは、なにがあってもあきらめてはいけない。強く願えば、夢は必ず実現するのだから!

 最後の部分は何故か精神論に偏ってしまっているが、著者の情熱をこれでもかというほど感じることができる。
 これは私の推測だが、著者はどうしても世界征服をしたかったが、頓挫の末、未来の偉大なる独裁者に夢を託す形で本書を発表したのではないか。
 著者であるとされるアンドレ・ド・ギヨームってのが誰なのかは全然知らないが。そんな奴いるのか。

 凡人である我々が独裁者を志すところから始まり、権力の座への就き方を経て、国家の運営の仕方、お金や恋愛などのプライベートな事象、老後の引退に至るまで網羅されている。それだけでなく、本書を読めば「ああ、独裁者ってこんなにやりたい放題なのか」と感嘆すること間違いないであろう。

 ・どんな請求書でも支払いを拒否してかまわない
 ・だれにも許可をもらわないで、自分の計画を好き勝手に実行できる
 ・本を書けば必ずベストセラーになる
 ・自分の好きな時間に、好きなルートで、電車を走らせられる
 ・地名や国旗を自分の好きなものにできる
 ・自分の好きな法律を作れる
 ・スポーツを観戦するときは、いちばんいい席に座れる

 他にも、「思い立ったら、午前3時過ぎにタクシーを呼べる」「どんなにすべるジョークを言っても、みんなが笑ってくれる」となども書いてある。
 そんな瑣末なことのために独裁者になりたいのではない、と思うかもしれないが、「午前3時過ぎにタクシーを呼べなかった」悔しさを反動に独裁者を本気で目指す偏執狂もこの広い世界にいないとも限らないではないか。

 ではいったい、だれが革命を起こすのか? そして、あなたはどう関わるのか?
 まず、第一の鉄則として、他人にやらせることだ。(略)自分で火炎瓶を投げたり、旗を持ったりしないこと。そんなことをしたら、ケガをしてしまいかねないのだから。

 プライドの高い将来の専制君主は、スポーツのようなバカげた趣味には見向きもしない。全員が同じフィールドに立つなど論外だ。一定のルールを守ってプレーするなんて、アホ臭い。指導者は敵より有利なスタート地点にいなければいけない。

 いい国名が思いつかなければ、とりあえず現在の国名に「民主共和国」とか「人民共和国」とかをつけるだけでも十分だ。まちがっても、「独裁国家」や「警察国家」なんてつけてはいけない。悪い印象を与えてしまうだけだ。ブランドイメージは大切にしよう。

 注意すべき点は、本書『独裁者になる方法』は、21世紀の新しい独裁者像を打ち出すものではなく、あくまでも歴史上の独裁者達からその手法を学ぼうという趣旨で書かれているということである。その事例や登場する独裁者は古代から現代まで網羅され、ところどころにその金言まで引用されている。
 歴史や経験に学ぶことは大いに有用であると私は考える。読者はまず本書で独裁者とは何ぞやというところを学ぶことから始め、各々の目指す独裁者像を確立していけば良いであろう。

 また、本書を読み終えた後は、ジーン・シャープ著・瀧口範子訳『独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書』(ちくま学芸文庫)で、絶対的権力者に抗おうとする者達がどのようなイデオロギーを掲げて、どのような手段で民主化を推し進めて来やがるかを学ぶと良い。
 『独裁者になる方法』が独裁者を目指すどれほどの者達に読まれ、どれほどの文にマーカーを引かれてきたかどうかはわからないが、ジーン・シャープのこちらの著書は、現代において民主化運動を推し進め、実現させた者達にとってまさに定番の教科書として読まれるほどの非常に定評のある真面目なものである。少なくとも後者は必読の書である。
 ただし、敵を知るために読んでいたはずが、悪い方に影響されてしまって独裁者から民主主義者へと堕落してしまうことだけは避けなければならない。なぜなら、我々は独裁者の座について、あり余る権力を森羅万象へ振りかざし、午前3時過ぎにタクシーを好きなだけ呼びたいからである。


 
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 - やんごとなきハウツー本