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【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

物理学が証明!僕たちの人生に定められた運命なんてない

      2016/11/03

量子力学が証明!僕たちの人生に定められた運命なんてないんだ

 僕たちが人生についてなんかモヤモヤするのは、それが予め決まっているのではないかという疑念によるところが大きい。

 生まれてきたことも既に定められていたことなのではないか、これから起こることも予め決まっているのではないか。
 既に決まっているレールの上をただ歩かされているだけなのではないか。

 だったら僕たちは何なんだ。
 別に生まれてこなくても良かったのに、神様か誰かが勝手に適当に決めたせいで、こうして生かされている。
 あの時にもの凄く悩んで下した決断も、そう決断すると予め定められていたとしたら、こんなに虚しいことはない。あの悩みは何だったんだ。

 幸せな人生を全うした人はいい。
 不幸な境遇に甘んじている人がいるとすれば、一体自分は何のために存在するのか。幸せな人のただの踏み台かよ。
 「人生は変えられる」なんて言うけれど、どうせ決まってるんだろ。変えられやしないよ――。
 なんて思ったりする。
 
 
 否、違う。
 全然違うぞ。
 
 
 20世紀以降の物理学では、人生は決まってなんかいないと言っている。
 これから起こることの予測なんて誰にもできない。
 人生にレールなんてない。神はサイコロを振らない。

 単なる精神論によるものではないところが重要だ。
 物理学者がそれを説明してくれているのだ。

 以下、『運は数学にまかせなさい 確率・統計に学ぶ処世術』(ジェフリー・S・ローゼンタール著)より引用して説明していこう。

 

古典物理学=人生にはレールが敷かれている

 一六世紀にアイザック・ニュートンが活躍した時代から、物理的現象は単純な数学的法則に支配されており、原理上は、次に起きることをあくまで正確に予測できる、ということになっていた。(略)
 気象のように、初期値の変動にとても敏感で予測がやたらに難しいカオス系でさえも、古典物理学によると、空気や水の分子それぞれの位置と移動速度を正確に測定することができ、しかも計算に必要なだけのコンピュータがあれば、原理上は完璧に予測できるという。(略)
 古典物理学者の信条を要約すれば、「すべてを知っていれば、私たちは原理上は未来を正確に予測できる」となる。
 ところが、量子力学がすべてを変えた。

 全てを予測することができる、僕たちの人生を含めた全てのものにはレールが敷かれている、と考えるのは過去の話なのだそうである。
 例えば、天気予報なんて技術や理論がもっと発達すれば完璧に予測することができ、天気予報が外れて落胆・憤慨することなどないだろうと、僕たちは考えている節がある。もちろん、私もそうだった。
 でも、違った。

 

量子力学=人生は誰にも予測できない!

 量子力学によれば、宇宙は、最も根本的なレベルでは、不変の科学的必然性ではなくランダム性と不確実性によって成り立っているという。(略)信じがたい話だけれど、もはや物理学はこれから起きることを正確に予測できない、確定できることといえば、せいぜい、さまざまな結果が起きる確率だけだとしている。(略)
 どんなに注意深く計算しても、どんなに正確に電子の現状(さらにいえば、それ以外の全宇宙の現状)を測定しても、次に起きることを確実に予測することはできない。予測できるのは、さまざまな確率だけなのだ。
 

 量子力学によれば、明日の天気を完璧に当てることなど不可能なのだそうである。それは技術の問題ではなく、この世界、この宇宙は根本的に予測不可能にできているということだ。
 上記を拡大解釈すれば、物質の集合で形作られている僕たちの人生もどうなるか誰にもわからないということになる。

 

ていうか、そもそも人生は決まってなんかいなかった!

 まだ、驚いてはいけない。(略)私たちが観測したり予測を立てたりするものはすべて、あらかじめ決まったレベル以上の不確定性やランダム性がついて回るという。(略)たとえまったく同じ条件で、まったく同じ素材を使って、まったく同じ実験を繰り返し行えたとしても、自然界に本来備わっているランダム性によって、まったく異なる結果が出るかもしれないのだ。

 この世界は、宇宙は、そして僕たちの人生は、完全にランダムだったというのだ。
 つまり、予測できないのは、未来がどうなるかまだ決まっていないからなのである。

 地球が誕生したことも、僕たちが生まれてきたことも、大切な人がいるならその人に出会えたことも、今こうして生きていることも、全ては偶然の積み重なりの結果なのだ。誰かに操られていたわけでは決してない。
 言うなれば、奇跡だ。

 大半の物理学者は(略)、量子力学の謳うランダム性は間違いなく実在し、隠れた変数は存在しないということで納得している。(略)自然界が基本的な選択をするときには、実際何らかの形でランダム性を使っているという考え方は、今では科学の分野でおおむね受け入れられている。

 人生は完全にランダムなのだ。
 次の瞬間のことでさえも、まだ決まっていない。

 詩人・高村光太郎が「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」と言っていたけれど、物理学的に見てもまさにそうだったのである。
 人生にレールなんてなかったし、定められた運命なんてなかった。
 これはすごいことだ。

 

まとめ

 僕たちの過去が予め定められてなんていなかった、未来はまだ決まっていない、ということを僕たちはどのように人生に落とし込んでいけばいいのだろうか。
 それはポジティブなことか、ネガティブなことなのか。

 解釈は人それぞれに任せるとしよう。その時の気分・境遇によっても捉え方は違ってくる。
 けれども、少なくとも私は前向きで楽しいことであると思う。

 未来にレールなんて敷かれていないと思えば、今、この瞬間を他ならぬ自分の意志で、自分の生命力で切り開いているのだと感じることができるだろう。人生がグッと重みを増し、意味を持つ。

 そして、人生において一番楽しいのは、思いもよらないことが起きた時だ。「生きている」と実感できる最大の瞬間。できれば、喜ばしいことが望ましいけれど、何であれ、全く思いがけない出来事は僕たちを人生に引き戻す力がある。
 予定調和は確かに安心だけど、なんかつまらない。

 人生はランダムで不確定ある。つまり、人生どうにでもなるということではあるまいか。

 何もかもまだ決まっていない人生を明日も生きていく。生きていきたし。

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