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【書評】『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』マンシェット【著】

      2016/04/30

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

 『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』である。
 なんというタイトルだろうか。

 この稀有な邦題に惹かれて手に取ったわけだが、書き出しはこうだ。

 トンプソンが殺すべき男はおかまだった。

 唐突である。いきなりすぎて笑ってしまった。
 「殺す」と「おかま」という全く違うベクトルへ向かうワードが、寄り添ってそこに鎮座している。
 確かにトンプソンはおかまの男を殺すべきだったのかもしれないが、何も書き出しで高らかに宣言しなくたっていいじゃないか。

 そして、さらに驚くべきことに、このジャン=パトリック・マンシェットによる小説『愚者が出てくる、城寨が見える』(中条省平訳、光文社古典新訳文庫)は、コメディなどではない。
 ハードボイルドな犯罪小説なのだった。

 ジュリーという精神科あがりの女主人公の、トンプソン率いる殺し屋たちからの逃亡劇である。

 

研ぎ澄まされた簡潔な文体

 制式拳銃の発射音が聞こえた。たぶん空に向けて撃っている。振りかえると、四人の憲兵が自分をめざして駆けている。横に一直線に並び、見事な攻撃をしかけるラグビー選手みたいだ。その後ろには、スタジアムと同じく、わめきたてる無数の観客がいる。その群れにリボルバーの残りの全弾を撃ちこんだ。三発残っていた。

 文体は非常に簡潔で、スピーディー、スリリング。ストーリー展開が速いのなんの。1ページたりとも飽きさせない。
 短い文が次々に畳み掛けることが功を奏して、全編に渡って緊張感をものにしている。
 無駄な文がひとつもない、非常に研ぎ澄まされている。

 この作風は作者マンシェットによるストーリーテリングの特徴らしいのだが、あとがきによれば、この『愚者が出てくる、城寨が見える』はその完成された極致だそうである。
 1972年、フランス推理小説大賞受賞作品ということもあり、最高傑作との呼び声高い。

 たった200ページ程の小説だが、密度が非常に高く、大満足にて読み終えることができた。

 

感情の入り込む余地なし

 ジュリーはしばらく考えこんでから、ブランデーを一杯注ぎ、立ったまま息もつがずにすばやく飲みほし、むかしの自分を思いだした。早朝、カフェのカウンターに寄りかかって、濃いコーヒーを飲み、それから立て続けにカルヴァドスを四杯飲んでいた時代。そして、彷徨と、涙と、疲労と、絶望の一日が始まるのだった。

 もう一つの特徴として、登場人物たちの感情が全く描かれないということが挙げられる。
 彼らの感情は全て、動作や仕草として表される。間違っても「トンプソンは悲しみに暮れ、自らの心の闇を呪った。あれは繊細だった幼少時代、うんぬんかんぬん」などという文は絶対に出てこない。
 そこにあるのは、「今」「誰が」「何をした」「何と言った」「どうなった」だけである。
 台詞も必要最小限。長ったらしくて退屈な独白なんて一切ない。
 たったそれだけの単純な文の積み重ねで、マンシェットはこのスリリングな傑作を書き上げている。

 登場人物たちの感情表現を読まされることがないので、余計な感情移入をさせられることなく、物語に没頭できるのだ。

 

映画を見ているような読書体験

「小僧が邪魔だ!」フエンテスが叫ぶ。
 ペテールが滑って転倒する。フエンテスは息を吐き、引金を絞る。アルドグの影が空中を飛ぶ。軽業師みたいだ。一瞬、足が頭より高く上がり、ぬるつく草地に激突して、転がった。トンプソンの方はモールの塔の一角に遮られて、死角に入っている。
「やったぜ!」フエンテスが小躍りする。
 ジュリーは急いで台所を出た。フエンテスは薬莢を弾きだす。アルドグは草のなかでうごめいている。フエンテスは周囲を見まわす。

 上記が功を奏して、読んでいる最中、まるで映画を見ているようだった。
 作品中、章ごとに追う側と追われる側の視点が交互に描かれる。クライマックスではそれが数行ごとに入れ替わり、緊張感がものすごいのだ。
 このクライマックスシーンは読みどころである。

 その正確で簡潔な文体は、まるでカメラが映すものを冷徹に記述しているようである。

 実際、マンシェットの小説は幾つか映画化されているようであるが、極めて難しい作業になりそうだと思う。
 ただ単に映像化するだけなら誰でもできるだろう。だが、ここまで完璧な映画的小説を、付加価値を付けて映画化するには、あまりにも原作が完成されすぎているのだ。
 これほど読んでいる傍から映像がすぐに浮かぶ小説もなかなかない。作者マンシェットの才能には脱帽する。

 

愚者(あほ)=登場人物全員のことか

 商品棚の通路に飛びこみ、老女を突きとばすと、老女は恐怖のあまり泣きだした。トンプソンは口を苦い液でいっぱいにしながら、子供用品売り場に沿って進んだ。耳をつんざく破裂音が聞こえ、ココが腹を固めて銃撃を始めたのだと考えた。棚の上でプラスチック製品の破片が舞いあがる。激しい騒音が店から巻きおこる。こいつは興奮させる。

 逃亡者ジュリー、追跡者トンプソンをはじめとして、この小説、登場人物にまともな人物がいない。
 全員がめちゃくちゃな奴らであり、全員が殆ど狂っているといって差し支えない。

 逃亡者であるジュリーがスーパーマーケットへ逃げこむ場面。
 トンプソン率いる追跡者側は、平日のスーパーマーケット内で銃をぶっ放しまくる。
 客の悲鳴。怒号。パニック。我先にと逃げ惑う。
 一方、逃亡者ジュリーは陳列棚を次々になぎ倒し、蒸留酒に火をつけてぶちまける。
 スーパーマーケット大火災。阿鼻叫喚の騒ぎ。混乱、カオス。もうめちゃくちゃ。

 このめちゃくちゃな大騒ぎにも関わらず、この騒動はたった10ページ足らずしか書かれていない。
 つまりは、それはもう密度の高い10ページなのだ。

 

『愚者が出てくる、城寨が見える』はこんな人におすすめ

小説は読みたいけど時間がない人
 細かく章が区切られているので、10分程度の小休憩ごとに読むのにちょうどいい。
 全体でも200ページほどなので、意外とあっという間にだらけずに読み終えることができる。

暇つぶしに本を読みたい人
 だらだらした感情表現や独白、過去の出来事への遡りなどが全くない。「今起こったこと」だけを描いた極めてシンプルな小説だ。
 加えて、翻訳がすごく読みやすくされている。
 何でもいいから時間潰しに面白い本を読みたいという人にはおすすめだ。

ハードボイルドなのを求める人
 繰り返しになるが、退屈な部分が全くない小説である。
 だらだらしたロマンスもない、わけのわからない独白もない、長ったらしいうんちく語りもない。
 余計なことを考えずに、とにかく物語に没入したいという人にもおあつらえ向きである。

 ※ちなみに本作は『狼が来た、城へ逃げろ』(岡村孝一訳、早川書房)の新訳です。

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