飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

戦後イタリアで一番おもしろい小説『まっぷたつの子爵』イタロ・カルヴィーノ【著】

      2017/06/16

まっぷたつの子爵 (ベスト版 文学のおくりもの)

 どう考えてもふざけて書いているとしか思えない小説家の一人にイタロ・カルヴィーノがいる。
 その奇想天外な発想は一体どこから来るのか。
 読んでみればすこぶるおもしろい。天才。

 さて、『まっぷたつの子爵』である。
 まず、タイトルからしてどうかしている。
 まっぷたつとは何事だ。

 

あらすじ

 オスマントルコとの戦。メダルド子爵は、戦地で砲弾をまともに受けた。
 誰もが木っ端微塵になってしまったと考えたが、メダルドは生きていた。
 ただし、その身体はなぜか右半分しか見つからなかった。

 半分となったメダルドは帰郷すると、人が変わったようだった。
 動物を殺し、人々を尽く死刑に処し、家々を焼き払う。
 どうやらメダルドは身体が半分になってしまったのに伴って、心も半分に分けられてしまったらしい。
 メダルドの右半分は、悪い人格の側だったのだ。

 

勧善懲悪では測れない物語

 童話であり、寓話であり、メルヘンである。
 装丁からして子ども向けの物語のようにも思われるが、そんなことはない。
 子どもにはおもしろくわかりやすく、大人にもおもしろく、そして少なからぬメッセージを含む作品でもある。

 物語の中頃、メダルドのもう半分が姿を現す。
 そのもう半分というのは、慈悲深く、思いやりがあり、優しい心を持っていた。立派な善人だった。
 善人メダルドはその慈悲深い心で領地の人たちと接する。
 私は読みながら、正直ホッとした。ようやく人々は悪人メダルドから救われた。

 でも、違った。

 私はてっきり、この善人メダルドが悪人メダルドをやっつけるとか、諭して改心させるとかして、めでたしめでたし。メダルドを含む街の人々は思いやりを持って慈悲深く幸せに暮らしましたとさ。
 物語はそういった展開を見せるのかと思っていたのだった。

 でも、全然違ったのだ。

 勧善懲悪とは別の所に本質はあった。
 悪人メダルドも善人メダルドも、やっていることは結局同じだったのだ。
 片方は悪行という名の暴力、もう片方は善意の押し付けという名の暴力。

 ぼくたちの感情はしだいに色褪せて、鈍くなっていった。そして非人間的な悪徳と、同じくらいに非人間的な美徳とのあいだで、自分たちが引き裂かれてしまったことを、ぼくたちは思い知っていった。

 

それでも楽しい物語

 「あれを見ろ」とひとりが叫んだ。(略)彼らは恐怖に取り憑かれた。なぜなら実はどれひとつとしてまるくなく、すべてがまっぷたつに切り落とされ、かろうじてそれぞれの柄にぶら下がっていたからだ。しかも、どの梨も右半分しかなかった(あるいは見るものの位置によっては左半分しかなかった。いずれにせよ片側しか残っていなかった)、そして他の半分は切り落とされたのか、あるいはかじりとられたのか、あとかたもなく消えていた。
 「子爵はここを通ったぞ!」従僕たちは言った。(略)
 さらに進むと、従僕たちは石の上にまっぷたつにされた蛙がはねているのを見つけた。根強い生命力のおかげで、蛙はまだ生きていた。「この道を通っていったにちがいない!」
 そして彼らは追跡を続けた。しかし茂みのあいだでメロンの実が半分になっていないのを見ると、道をまちがえたことに気づいて、彼らは引き返した。
 こうして彼らは畑から森に入った。すると、まっぷたつのきのこが見つかった。あみかさたけだった。もうひとつ、紅色の毒あみたけも見つかった。

 メロンのくだりには笑った。

 物語のタッチは全体を通してほのぼのとしている。
 悪人メダルドの数々の極悪非道の行いさえ、軽くさらりと描かれている。

 動物や植物が物語を彩るのも特徴的で、これは私の好みに過ぎないのだが、とても好きである。

 空は張りつめた薄い膜のようにふるえ、もぐらは穴の中でしっかりと土に爪をくいこませた。かささぎは翼の下に首をつっこんだまま、くるしげに脇の下の羽を一本くちばしでむしり取った。みみずの頭はおのれのしっぽを巻き、まむしはおのれの牙でおのれをかみ、すずめ蜂は石の上でおのれの針を折った。そしてありとあらゆるものがおのれに立ち向かい、井戸の水は凍って、苔は石に変わり、石は苔に変わって、枯れ葉は土と化した。厚くかたいゴム状の樹液が幹を閉じ込めて木立を殺した。こうして人は、両手にそれぞれの剣をにぎり、おのれに立ち向かった。

 まっぷたつにされたメダルドは、僕たちのありようを暗に仄めかしている。
 正反対の二人のメダルドの戦いは、僕たち自身の葛藤の象徴でもある。
 作者カルヴィーノは、それを寓話とメルヘンの世界に見事に落とし込んだのだ。

 おわりに、訳者のあとがきから引用しよう。

 カルヴィーノは読者が《楽しみ》の権利を持つことを、つねに心がけている作家だからです。じじつ、いっさいの理屈を抜きにして、戦後にイタリアで発表された作品のなかで、これは最もおもしろい小説のひとつです。

 

▲岩波文庫化されて入手しやすくなりました。

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