飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

パンク男爵の奇想天外『木のぼり男爵』イタロ・カルヴィーノ【著】

      2017/05/23

木のぼり男爵 (白水Uブックス)

 読む前からおもしろいことが約束されている物語がしばしば存在する。イタロ・カルヴィーノ『木のぼり男爵』はその代表であると言っていい。

 本の裏表紙に書かれているあらすじを引用してみよう。

 イタリアの男爵家の長子コジモ少年は、十二歳のある日、カタツムリ料理を拒否して木に登った。以来、恋も冒険も革命もすべてが樹上という、奇想天外にして痛快無比なファンタジーが繰り広げられる。笑いのなかに、俗なるものが風刺され、失われた自然への郷愁が語られるカルヴィーノ文学の代表作。

 こんなにふざけた物語が他にあるだろうか。おもしろいに決まっているじゃないか。

 

屈強な頑固者コジモ

 コジモは頑固者である。木から決して降りない。何があろうとその日以来、絶対に地に足をつけない。
 その契機が「カタツムリの料理を拒否して」という笑ってしまうくらい些細なものであったということ、そして、始まりこそ些末なきっかけではあったものの、ずっとそれを頑なに貫いたことは、むしろ、彼の意志の強靭さを浮き彫りにするのだった。

 弟に命じて必要なものを持ってこさせるくらいのことはするが、基本的に彼は、木の上で自立した生活を営み始める。
 枝の上を俊敏に走り、木から木へと飛び移ることで、森の続く限りはどこへでも行けた。
 木の上で本を読み漁り、膨大な知識を蓄えた。
 木の上で猟犬(ダックスフンド)を飼い慣らし、友とした。名前はオッティモ・マッシモ。間抜けな感じがかわいい。
 木の上にいながらにして、街の者を統率して消防隊を編成した。

 コジモは様々なアイデアと頑固さを原動力に、樹上でやりたいように暮らすのだった。

 

パンク男爵、登って候

 コジモを樹上生活に唆したのは、単なる思いつきからだったかもしれない。だけど、それを持続させたのは、強烈な反骨心と意地である。

 兄を樹上の生活にかり立てた、あの、苦労なしには自分のものにすることのできない世界に移り住みたいという欲求は、今もまだ彼の内部では、充足されることなく、作用しており、いっそう入念にはいりこみ、葉の一枚ごと、樹皮の一片ごと、あるいは鳥の羽毛や羽音のことごとくと緊密な繋がりを結びたいという執念を伝えてくるのだった。

 例えば、12歳の僕たちがちょっと家出したとしても、一日持たずに結局帰ってきてしまうのがオチだ。けれど、コジモはその家出を生涯やってのけた。
 コジモは世界を樹上から見下ろして、俗なるものを全て退けたのだった。
 家で作られた美味しい料理よりも、自分で採取してきたものを食べた。
 屋根のある家よりも、自ら住処を設営して雨をしのいだ。
 そもそもあるルールに盲目に従うことを嫌った。樹上に共和国を建国することさえ夢想する。

 コジモを突き動かしていたのは、パンクスピリッツに違いない。
 全てのものへのアンチテーゼ。既成概念への反抗。常識への反旗。
 いかなるものにも迎合しない。自分の力で生きていく。

 パンク男爵だ。

 コジモにも最愛の恋人とでも呼ぶべき存在ができる。
 恋人はコジモにやきもちを焼かせようとあの手この手を尽くす。彼にもっと感情的になって欲しかったらしい。それが愛の証だと彼女は言う。
 彼も彼女を愛していた。だけど、結局、彼は自分を突き通すのだった。
 このくだりは非常に印象的で、私としては、一人のわがままな女のためにコジモが俗物に堕落せずに本当に良かったと、拍手喝采を送りたいくらいだった。

 

その孤独

 コジモは誰とつるむでもなく、常に自分のしたいように行動する。
 町の人たちは彼が男爵ということもあり、基本的には温かく見守っているが、時には「変人・狂人」などと揶揄されたり、部外者によって命の危険にさらされることもあった。

 物語中、コジモがさみしいと漏らしたり、泣き言をわめいたりするシーンは全く出てこない。「僕は全然孤独じゃないよ」と言ってさえいる。

 でも、物語を読んで胸に刺さるのは、コジモの圧倒的な孤独だ。
 もちろん、本文中に「孤独」だの「さみしい」だのと書いてあるわけではない。行間から溢れてくるのだった。

 オッティモ・マッシモはもう戻って来なかった。コジモは来る日も来る日も、とねりこの木の上にいて、まるで、久しい以前から彼の心を思いわずらわせていたあるもの――《遠い》という思い、《満たしがたい》という思い、《待つことはこの人生よりもはるかに長びくかもしれない》という思いを、まるで――その中に読み取ろうとでもしているかのように、草原を眺めていた。

 父の死に際しても彼は木の上にいた。母の死に際しても、彼は枝の上から家の窓を眺めているだけだった。
 あらゆる悲劇、あらゆる幸福に、触れることなく見下ろしているだけだった。

 どんな思いだっただろう。

 木に登って以来コジモの身には様々なことが起こるが、コジモの感情については殆ど触れられていない物語であるが故に、この物語をより一層味わい深いものにしている。

 

おわりに

 とはいえ、物語は自然豊かな情景の中で、ユーモラスに描かれる。
 たった一人で常識へ立ち向かったパンク男爵の可笑しくも切ない物語。

 コジモは長いこと、服はぼろぼろのまま泣きながら、食べるもののしりぞけて、森のなかをさまよい歩いていた。嬰児のように大声で泣いていた。そして鳥どもは、かつてはこの無類の狩人が近づくと群れをなして逃げていたのが、今では近寄ってきて、周囲の木々の梢に止まったり、あるいは彼の頭上を飛んだりしていた。すずめはチュンチュンかん高く叫んでいたし、ひわはトレモロで、きじばとはホーホー、つぐみはピーピー鳴いていたし、かわらひわやみそさざいは細い声で歌っていた。木の上の穴からはりす、やまね、のねずみが出て来て、キーキー声をあわせてコーラスをしていた。

 読後、そのパンク男爵と少しの友情が芽生えたような気さえするのである。


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