飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

【書評】『年収100万円の豊かな節約生活術』山崎寿人【著】

      2016/11/17

年収100万円の豊かな節約生活術

 子供の頃、僕たちは限られたものの中で遊んでいた。想像力を発揮して、様々に工夫して。

 広い場所があれば、それだけで鬼ごっこやかくれんぼができた。自分たちでルールを追加あるいは刷新して、遊び方を無限に作り出せた。
 サッカーボールひとつあれば、それを蹴ったり投げたり、対戦したり協力したりで、ずっと遊んでいられた。
 大きな紙が一枚あれば、世界で一つだけの自分なりの双六を作って持ち寄り、みんなで遊ぶことができた。

 だから、あれもこれもとたくさんのものがなくても、毎日同じ友だちと、いつまでも遊んでいることができたのだ。

 大人になった今の僕たちはどうだろう。

 お金がなければ楽しく生きて行けないと思ってはいないだろうか。
 稼ぎだけが唯一のステータスと思い込み、その大小を他人と比べて優越感や劣等感に浸ってはいないだろうか。
 何か大きな買い物をすることだけが人生の楽しみになっていないだろうか。
 大金持ちになることを夢想していないだろうか。
 
 *

 著者である山崎寿人さんは、バリバリのエリートだった。仕事も上手く行っていた。

 だが、ある時、これが自分の本当にしたいことなのかと疑問を持った彼は、仕事を辞め、それ以降は定職につかず、年収100万円で自由に暮らしている。二十年間、そのような暮らしを続けているという。
 年収100万円でも、著者にとって暮らしは豊かで、大きな不満はない。むしろ楽しんで暮らしている。
 国保や年金も、免除・減額申請などせずにきちんと納めている。

 『年収100万円の豊かな節約生活術』は、異色の経歴を持つ著者の生活について著された本である。

 従って、本書は年収100万円を稼ぐためのビジネス書でもなければ、ちまちました節約術が羅列されているハウツー本でもない。
 と同時に、説教臭いことが書いてあるわけでもない。
 いわば、著者の独り言のようなものだ。

 そして、これが最も重要な事だが、本書は様々な生き方のうちの一つについて理解を深めることのできるものでもあるのだ。

 

お金を稼ぐことだけが人生か

なぜこのような暮らしになったか

 そもそも著者の年収100万円というのは、親が遺してくれた不動産による家賃収入である。
 従って、著者は働いていない。不労所得というチートを従えた、俗に言うニートである。

 そんな著者の経歴は華々しい。東大卒、有名企業に就職、出世頭。
 残業も多かったが稼ぎもかなりあったから、仕事終わりは飲み放題の遊び放題。ちなみに、ヘビースモーカー。クルマも所有していた。

 しかし、そんな生活への疑問が大きくなっていくのを感じたのだそうだ。
 確かに順風満帆、お金はあり、仕事も嫌いではない。でも、これを一生続けていくのは、何か違う、と。

 そして、意を決して仕事を辞めてからは、本書に書いてあるように、質素で粗末に暮らしているのである。
 毎日飲酒するのはやめた。外食もやめた。タバコもやめ、クルマも手放した。それでも、今の暮らしを愛していると言う。

 

お金だけが豊かさじゃない

 つまり、著者は、自ら進んでこのような暮らしを始め、継続しているのである。
 決して、負け組で人生が詰んだから嫌々とこのような事態に甘んじるようになったのではない、というのは重要なポイントだ。

 なぜなら、お金なんてたくさんなくても、考え方をシフトするだけで、豊かに、健康に、日々ストレスなく生きていけるのだということが、ここに強烈に提示されているからである。
 「何のために働いているんだろう」とか「生活を豊かにするためにたくさん稼がなければならない」と神経を擦り減らして疲れてしまった人にとっては、視点の変換を促すという意味では、「お金なんてなくても豊かに暮らせる」ということは衝撃的でさえあるかもしれない。

 

たのしい節約生活

節約はゲーム

 著者のその生活は、金銭面においては徹底的に管理されている。というか、そうでもしなければ年収100万円で暮らすというのは無理である。一年間を100万円でやりくりするためには、一日どの程度で生活すればよいか。それを算出し、そのルールに則って生活しているのである。
 食費は一日500円以内、生活と直接関係ないが個人的に欲しいものはポイントをコツコツ貯めて引き換える、など。

 疑問に思うかもしれない。
 そんな金銭的に余裕のない、無駄遣いさえもできない生活で、ストレスがたまらないのだろうか。

 答。ストレスなんてたまらない。むしろ、楽しんでこの生活を続けている。

 著者にとって、この節約生活はゲームなのだそうである。
 一年間で100万円という限られたお金の中で、いかに豊かに、いかに満足して生活していくかを追究し続けるゲームだ。

 

著者の心は純粋ピュア

 子供の頃の僕たちの視点と似ている、と私は思った。
 かつて、僕たちは限られたお小遣い、限られたものを使って、いかに楽しく遊んでいられるかを考え、実践していた。

 著者も同じだ。限られた僅かな収入の中で、いかに豊かに暮らしていくかを考え、実践している。そう考えれば、著者は子供の心を維持したまま日々を過ごしていると思う。
 幼稚さではない。
 大人の理性を持って計画し、子供の頃に感じたような楽しさを、そのまま楽しさと受け止めることのできる感受性。
 そして、金銭的な豊かさだけが喧伝される大人の世界において、様々な誘惑をものともせずに自分を貫くことのできる自尊心。

 その生き方については、人によっては読者の価値観と真っ向から対立するかもしれないが、それでも、やれストレスだ、やれ不確かだと叫ばれている世の中において、自分の人生を振り返りながら考えさせられる部分が、少なくとも私には多くあった。

 

僕たちの「豊かさ」再考

著者にとっての豊かさ=食べること

 お金がなくても豊かに暮らす、と言っても、じゃあ「豊かさ」って何なのよ? という話だ。

 著者にとっての豊かさとは、「縛られずに過ごす」ことと「美味しいものを食べる」ことであると言っている。
 「縛られずに過ごす」というのは、無職であるのでとりあえずそのままで実践できる。
 何もすべきことがなくてボーッと考え事をしている時間が好きなのだそうである。

 「美味しいものを食べる」というのは、大変だ。
 著者は食べることが大好きなのだが、いかんせん年収100万円なので、外食なんてしていたらあっという間にご破産なのである。サラリーマン時代はかなり高級で美味なものを食べ歩いたとか。

 我慢をしないというのも著者のモットーの一つである。
 つまり、年収100万円の極貧生活で、食費は一日500円以内と決めているが、その中でいかに美味しくて満足できるものを自分で作ることができるかということを追究しているのである。サラリーマン時代に食べたあの店のあの味を、500円以内でいかにして再現するか。
 これも上記同様、著者にとってはゲームのようなものである。

 著者は、「食」に生活の重きを置いているため、そこには惜しまずにお金をかけている。もちろん、年収100万円というルールの範囲内で買い揃えたものばかりである。
 高級中華鍋、パン焼き器、ピザ釜、ヨーグルト製造機、ずらりと並ぶ各種調味料――。

 

僕たちそれぞれの豊かさを見つけよう

 限られたリソースの中で、好きなものにきちんと重きを置いて生活するというのは、これからの時代の幸せな生き方であると私は考えている。
 誰も彼もバリバリ働いて、賃金を山ほど貰って、そのお金に物を言わせて莫大に消費し、一瞬の享楽に毎日のように溺れる、という時代はもう終わった。
 そういう上昇志向の生き方を否定するわけではないが、そういった生き方に共感できない人たちが増えているのは事実なようだし、私もその中の一人である。

 皆、生活に余裕があるわけではない。一人暮らしでやっていくだけで精一杯、という人も多くいる。
 私もそうである。結婚なんて無理。
 それじゃあ、たくさん働いてたくさん稼げばいいって? そんなのも嫌だ。人生の奴隷になるのだけは御免だ。

 であれば、お金がたくさんあること=豊かであるという考えは捨ててしまえ。ポイ。
 僕たちには僕たちなりの、それぞれの視点の、それぞれの尺度の豊かさがある。好きなことがある。熱中できることがある。そこに重きを置いてただ生きていけばいいのだ。老後? どうでもいいじゃないか。年金はちゃんと納めるよ。

 お金がないからといって、妬んだり絶望したりする必要なんてどこにもないし、お金を過剰に稼ぐために限界を超えて働く必要もどこにもない。
 それがこれからの生き方だ。
 もちろん、お金を稼ぎたい人は稼いでいればいいのである。

 著者の場合、「食」にこだわることが豊かさだった。ただそれだけの話である。
 繰り返しになるが、僕たちは僕たちなりに豊かさに繋がるものを持てばいい。「食」にこだわる必要はない。
 私が感銘を受けた文章に「年収150万でオンラインゲームの世界に生きていく」というのがあるのだが、それでも構わないじゃないか。

 ありあまるほどのお金なんかかけなくても、工夫次第で豊かに、そして幸せに生きていける。他人と比べることなんてない、と私は本書『年収100万円の豊かな節約生活術』を読んで改めて強く思ったのだった。

 

まとめ

 冒頭で述べた通り、説教臭い本ではない。著者の生活が淡々と書かれている。
 しかしながら、「あなたにとって豊かさとは?」と行間から優しく問われている気が、私にはしたのである。


 
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