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【書評】自己啓発本の嘘・欺瞞を成敗する『HELP! 最強知的”お助け”本』オリバー・バークマン【著】

      2016/11/17

HELP!―最強知的“お助け”本

 「ポジティブでなくてはならない」
 「目標に向かって突き進め」
 「幸せを追求せよ」
 「わくわくすることを仕事にしよう」

 このような主張がイケイケ自己啓発本の常套句であるとすれば、本書『HELP! 最強知的”お助け”本』は「アンチ自己啓発本」とでも言うべきものである。

 著者オリバー・バークマンは、このコラムを書くために膨大な量の自己啓発本を読んだ上で、最新の心理学的アプローチによってそれらを断罪する。
 「ポジティブだけが成功の秘訣だ」というような根性論に近いステレオタイプな迷信を一刀両断していくのである。

 数多い自己啓発本の中で、読者に約束する目標を達成したものはほとんどない。中には、読者がそもそも望んでいないものを約束している本まである。

 本書は、著者によるガーディアン紙での「幸せになる思考法」をテーマにした連載エッセイを一冊の本にまとめたものであり、96の項目からなる。

 1項目1ページないし2ページ程度で読める。
 但し、非常に濃密な1ページである。紙面の都合であまり長く書けなかったと思われるが、その書けなかった余白を読者が自分の経験に当てはめることで、非常に深い余韻を残すことになる。

 本書の中で特に印象に残ったことを3つだけ紹介しよう。

 

1. 「やりがい」は宝探しではない

 就職・転職市場界隈では「やりがい」のある仕事を探そう、と喧伝されている。まるで「やりがい」がその辺に落ちているものであるかのように。

 我々もつい「そうか、やりがいのある仕事を探さなきゃ」とそれに唆されてしまう。
 で、「やりがいのある仕事です!」と書いてある求人に応募してしまう。
 で、働き始めて1ヶ月後「やりがいなんてなかった」と失意と挫折感と共に職場を後にすることになるのである。

 やりがい探しが容易でないのは、それが「探すものではない」からに他ならない。
 そう、やりがいは宝探しではないのである。

 なぜなら、やりがいとは「見つけるものではなくて、作り出すもの」だからだ。
 興味のあることをやっていくうちに、それが「やりがい」になる。
 初めから「やりがい」が転がっているわけではないのだ。

 従って、我々がすべきことは「やりがいのありそうな仕事」に目を眩ませられることなく、「自分は何が好きか、何に興味があるのか、何がしたいのか」という至極当たり前の基準で仕事を選ぶことである。

 農業に全然興味がないのに、「なんとなく農業がやりがいがありそうだ。晴耕雨読でいいっぽいし、自然の中で仕事ができるのは最高な気分に違いない、簡単そうだし。そういうのきっと向いてるんだよね、おれ」といきなり就農することで、本当に「やりがい」を得ることができるのか。
 火を見るよりも明らかであると私は考える。

 

2. やりたくない仕事はやらなくても何も起こらない

 「戦略的無能力」というあまり聞き慣れない言葉について、本書では言及されている。
 戦略的無能力とは、できるのに敢えてそれをやらないことである。

 ある一つの組織においてはいろいろな人がいて、同じような給料であるにも関わらず「生産性ポイント10」の人もいれば「生産性ポイント1」の人もいる。
 「生産性ポイント1」の人は、要するに殆ど何もしていない人だ。自ら進んで動くこともなく、仕事を頼まれればあれこれと理由を付けて結局はやらない。
 にも関わらず、評価が下がることもなければ、減給されることもない。

 自ら進んで状況を判断して仕事をする「生産性ポイント10」の人にとってはおもしろくない。
 自分ばかりが仕事量をこなしている。生産性が高いから上司や同僚からも「あれをやってくれ」と頼まれる。
 仕事を抱え込んでしまうタイプの人であれば、その状況はストレス以外の何物でもない。
 どんどん増える仕事、終わらない、もう嫌だ――。

 そこで、戦略的無能力の出番である。
 勇気を持って「できません」と断るべし。
 それはオーバーキャパシティだから断るのではない。やりたくないなと思ったら、できる仕事でもどんどん断わればいいのだ。

 実は、断ることによってもたらされるデメリットは何もないどころか、それ以降は頼りにされない(都合よく使われない)というメリットさえある。
 しかも、冒頭で見たように「生産性ポイント1」の人が減給されることが殆どないことからもわかる通り、仕事をやらなくても驚くべきことに評価はそれほど下がらない。
 つまりは、やりたくない仕事をやらなくても何も起こらない。

 我々はもっと勇気を持っていろいろなことを、特に定時帰宅を妨げる仕事を断るべきだ。
 そこにはメリットしかない。

 

3. 劣等感は正しい。けど、悩む必要はない

 他人と比べて劣等感を覚えることはあるだろうか。
 みんなはうまくできるのに自分は全然駄目だ、というあれである。

 一般の自己啓発書なら劣等感について何と言うだろうか。
 「劣等感なんてまやかしだ」「劣等感を感じないくらいに自信を持て」「あなたは生きているだけで素晴らしい」みたいなことが書いてあると勝手に想像する。

 本書のアプローチはまるで違う。
 すなわち、「君が負け犬なのは間違いない。だけど、それは君のせいじゃない」ということである。

 どういうことか。
 つまりは、「人は自分にとって都合の悪い相手とわざわざ比べて劣等感に陥る」というのだ。

 ジムに行けば自分のたるんだ身体が気になる。
 それは、周りの引き締まったボディの人間とわざわざ比べているからである。

 自分はなんて仕事ができない人間なんだ。
 それは、仕事のできる人と敢えて比べてしまっているからである。

 モテない。
 モテている人と比べているからに他ならない。

 つまりは、「劣等感を感じる」ことと、「実際に劣っている」こととは全く別の問題であるということ。
 劣等感というまやかしによっていちいち落ち込む必要なんてどこにもないのだ。

 

まとめ:知的アンチ自己啓発書

 ・キャリア(専門性)を追求し過ぎると柔軟さがなくなる

 ・「相性の良い相手」が世界のどこかにいるのではなくて、相性とは二人で築き上げていくものである

 ・幸せになろうとすると幸せから遠ざかる

 ・夢や目標を頑なに追い求める人生は空虚である

 ・「自分らしさ」「本当の自分」という考え方は逆にストレスとなる

 ・今の自分から完全に逃れようとする試みは必ず失敗する

 目から鱗のアンチ自己啓発な警句に溢れる一冊である。痛快でさえあり、学ぶことや考えさせられることが非常に多い。
 それに加え、「精神論ではなく論拠がきちんと示されているところ」と「著者の意見も添えられているところ」に私は好感を持った。

 訳者のあとがきによれば原文はかなり難解なことになっているらしく、翻訳に大変苦労したそうである。
 難解であるということは、1ページの中に含まれる情報の密度が高いということであり、繰り返し読むことによって新たな発見があるということに他ならない。

 また、仕事術やライフハックの知識にも富んでおり、『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』の書評で紹介した「2分ルール」は、本書においても引用されている。
 
 気が向いた時にパラパラとページを捲って読むのに最適で有意義であると私は実感している。

 
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