2018年上半期に読んで面白かった本7冊

1. 孤独の科学

今年(2018年)の上半期は、東海道新幹線車内殺傷事件や「ネット上で恨み」の事件(福岡IT講師殺害事件)などが衝撃的であったが、動機を画一的に定義することはできないものの、その深層に「孤独」があることは明白だと思われる。だからといって犯行を正当化することはできないのは当然だが、私たちは誰でも孤独に陥る可能性を孕んでいて、誰でもあのような信じられない事件を起こしてしまうかもしれないことは知っておくべきではないかと思う。

『孤独の科学』には「人は孤独に陥ると本人の意志如何に関わらず攻撃的になってしまう」ことが、最初の数ページではっきりと示され、繰り返し強調されている。私も自分自身に思い当たる節があったので自戒させられた。

社会的な動物である人間にとっての弊害とも言える孤独について客観的に捉えることができる本書は目から鱗の連続で、この時代にあって必読の書であると考えている。

 

2. 神を見た犬・七人の使者、他十三篇

『タタール人の砂漠』が特に有名なイタリアの作家ブッツァーティの短編・中編集である。『タタール人の砂漠』もそうだけどブッツァーティの作品は「人生はあっという間で取り返しがつかない」ことを寓話的に、ユーモアを交え、メタファーを駆使し、時にシュールに、時にリアリスティックに描き出す。この世界観は好きな人には堪らないと思う。

個人的には「急行列車」が好きだ。たった10頁の短編だが、その中に人生のどうしようもない悲しさが凝縮されている。

ブッツァーティは列車というモチーフが好きなのか、列車関連の短編がもう一つ含まれている(「何かが起こった」)。人生は一度乗ってしまったら取り返しがつかない。

 

3. 行動経済学の逆襲

2017年ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーの著作である。彼の研究成果が時系列順に書かれた自伝でありながら、行動経済学の入門書としても優れている。

彼の最もわかりやすい功績は「ナッジ」である。男性用小便器に的を付けることで飛散が抑止されること、財形貯蓄申し込みにおいて「加入する」をデフォルト設定にしておくことでお金を計画的に貯められる人が増えること、など。ほんの少しの工夫(ナッジ:肘で軽くつつくこと)で人や社会をより良く導くことができる。

(追記:2020年のコロナ禍において、感染拡大防止のためにスーパーなどのレジ前に「こちらでお待ち下さい」と等間隔でラインが引いてあるのを良く見かけた。これも「ナッジ」である。「密を避けましょう」と漠然と言われても何をどうしたらいいのか誰にもわからないが、レジ前にラインを引いておくだけで、人は勝手にそれに従ってレジ待ちをするのである)

本書『行動経済学の逆襲』の最大の特徴は「おもしろい」ことである。興味深く、役に立つ上に笑わさせられる。セイラー氏は自身のことを「ぐうたら」であると言っている。本書は「ぐうたら」な著者がおもしろいと思ったことだけが書かれているという点で、「ぐうたら」な人でも読み通せるように設計されているように思う。

 

4. 長くなるのでまたにする。

文章で人を笑わせることは非常に高い技術が要請されるように思う。にも関わらず、何の役にも立たない。そこがいい。役に立たないものの中こそ人生の本質があると信じている。

劇作家である宮沢章夫氏のエッセイはとても好きである。笑わせに来ているとは信じがたい一見そっけない文章(例えば「!」などはほぼ用いられないし、文が堅苦しい)であるにも関わらず、たいてい1ページごとに声をあげて笑わさせられる羽目になる。

 

5. ビジネス・フォー・パンクス

BrewDogというクラフトビールの創業者によるパンクな経営哲学。「人の話は聞くな」「アドバイスは無視しろ」「永遠の青二才でいろ」など名言も多く、読むとスカッとする。信念を曲げるな。

型破りでパッション過多な内容かと思われるかもしれないが、実はそうでもなく、真面目に書かれている部分も多い。例えば「とにかくキャッシュフローが最優先」とも書かれていて、やっていることはパンクだがその実、堅実な経営をしていることがわかる。

「戦車でイングランド銀行とロンドン証券取引所に乗り付けた」と書かれている部分があって、その「戦車」というのは何かの例えなのかと思っていたのだが、実際に本物の戦車を借りて乗り付けたらしい。パンク過ぎだろ。好き。

 

6. ピーターの法則

「全ての上司は無能」であることが極めて論理的に解き明かされている。「社会学の奇書」と呼ばれることもある飛び道具的な名著。全てのサラリーマンは「ピーターの法則」を知って打ち震えるべきだ。

仕組みは単純である。階層社会においては全ての人は能力の限界まで出世する。例えば「係長」の仕事をこなせるようになったところで「課長」に出世する。で、その後「課長」から「部長」に出世できない場合、それは「課長」という役職に就きながら課長の仕事を満足にこなせていない(無能)ということである。このロジックは全ての上司に当てはまる。どこかで必ず限界が来て無能レベルに達する。

では無能にならないためにはどうすれば良いのかというと「創造的無能」というテクニックを用いればいいとピーターは説いている。「仕事は完璧だが領収書を必ず紛失する」「出世する能力はあるがクルマを社長の駐車スペースに停める」など。このように敢えて自らの出世を阻む行動を取り続けることによって、無能にならずに済む。

これが現実的な処方箋かどうかは別として、非常におもしろいので読んで損はない。このようなことが書かれた本は他にないので唯一無二の読書体験となるだろう。

 

7. 何者

朝井リョウ氏の直木賞受賞作である。就活をテーマに書かれている。最初の10ページくらいからとてつもなくおもしろい稀有な小説。無駄が全くない。技術が卓越しているのだと思う。

もう10年以上前、私は就活を全く真面目にやらず、友人に勧められるままに地元のスーパーマーケットを受けてそのまま入社。2年半後、考え得る最も最悪な辞め方をした。『何者』に登場するのは就職の最前線で奮闘する人物たちであり、私とは対極に位置する世界だけれど、それでもおもしろかった。作品として本当に優れていて感銘さえ受けた。余韻がすごい。

ちなみに映画も見たが、こちらも原作と同じくらい良かった。