2019年読んでおもしろかった本5冊

1.『酔っぱらいの歴史』マーク・フォーサイズ

今年の圧倒的ナンバーワン。私にとって良い本の条件のひとつに「興味深くてしかも笑える」というのがあって、この本はその最高峰に位置する。著者の語り口は真面目かつ軽妙で、日本語訳はその雰囲気を全く壊していないように思える。素晴らしい仕事だ。

著者は14歳のときから酔っぱらいの研究を始めたらしい。別に酔っぱらいの専門家ではなく、幅広い分野における博覧強記な人物として知られているようである。

酒を規制しようとする試みはことごとく失敗してきた。人の歴史はアルコールと共にあったのだということがよくわかる。それどころか、本書が提唱するのは、「もっと酔っ払いたい、もっと酒を」という渇望が文明を発達させたという驚くべき仮説である。それが本当かどうかはさておき、読み物としてとても面白かった。

 

2.『オフ・ザ・マップ 世界から隔絶された場所』アラステア・ボネット

世界の辺境や誰も知らない場所を紹介する本が好きなのだが、これもそのひとつである。ただし、写真は1枚も掲載されておらず紙面が文字で埋め尽くされている。濃密な一冊。

有名どころの「シーランド公国」や「インドとバングラデシュの飛び地だらけの国境」「機井洞(北朝鮮の張りぼての街)」「北センチネル島」から、こういった本ではなかなか紹介されないと思われる「ジュネーブ保税倉庫」「コロンビア革命軍支配領域」「ニップタークP-32(人工の氷の島)」「ホビョ(海賊に支配されている街)」まで、カバー範囲は広い。全38箇所。

著者は「人と場所は切っても切り離せない」というスタンスで筆を執っている。知られざる場所の紹介だが、ノスタルジーさえ感じてしまうのだった。

 

3.『君と時計と嘘の塔』綾崎隼

タイムリープものが読みたくなったので読んだ。あらすじは要するに「君を救うためにタイムリープを繰り返す話」である。

物語もおもしろいが、本書の特筆すべき点は、文章が驚くほど読みやすいことである。

読みやすい文章を書くためには、何を書くべきで何を書かざるべきかわかっていなければならないし、語順にも気を払わなければならない。読みやすい文章とは、ただ単に平易な文章のことではない。

文体はドライで、感傷的な独白は必要最小限。エンタメ小説として卓越していると思った。

 

4.『ある愛』ディーノ・ブッツァーティ

『タタール人の砂漠』でお馴染みのイタリア作家の最後の長編小説。私はこの作家が大好きだ。

設定は非常にシンプルで、主な登場人物はほぼ二人しか出てこない。中年男ドリーゴと二十歳の情婦ライーデ。ドリーゴがライーデに熱を上げる、ただそれだけの物語だ。300ページの中で、ドリーゴの情熱、不安、諦念、怒り、焦燥が美しい文章で思弁的に語られる。とにかくずっと思弁している。

『タタール人の砂漠』は「タタール人は果たして攻めてくるのか、こないのか」ということをずっと考えている話だったが、これは「彼女は果たして俺のことを愛しているのか、それともいないのか、そもそも俺は彼女を愛しているのか」などということをずっと考えている。あまりにもずっと考えているので途中から笑けてくる。

絶版であるのがもったいない。物語は『タタール人の砂漠』とは違う結末を迎える。読後感は非常に良い。

 

5.『完全教祖マニュアル』架神 恭介、辰巳 一世

YouTuberやインフルエンサー界隈がカルト化しつつあると言うので、そのメカニズムを知るために読んだ。本書はタイトル通り、新興宗教の教祖になるための実践的マニュアル本でありながら、カルトに対するアンチテーゼとしても読める。

今年(2019年)印象的だったのは、某タリスト某Goさんの邪悪化であった(個人の感想です)。詳しくは書かないが、某Goさんへの数々の指摘(人権意識、論文の読み間違い)を彼は真摯に受け止めるどころか、指摘した者をいじめのようなやり方で独善的に苛烈に攻撃した(動画は削除されている)。あなたは昔いじめられてたんじゃなかったんですか。

で、その騒ぎの後、彼は信頼を復権するためか自らのプライドを取り戻すためか「某タリスト某Goのおかげで人生が変わりました」みたいな視聴者の声を立て続けに紹介していた。その手法は、奇しくも『完全教祖マニュアル』の巻末に(ギャグとして)添えられた「読者からの感謝のお手紙」と同じであったので、思わず笑ってしまったのだった。