2020年読んでおもしろかった本15冊+α

ツイッターに投稿したものを貼り付けていきます。


 

1. 遠野遥『破局』

今年の圧倒的ナンバーワン。芥川賞受賞作。
「新時代の虚無」などとも喧伝され、かなりドライな文体で書かれている。自意識過剰な主人公の恋愛や人間関係が破局していく。
特筆すべきは、かなり笑えることである。硬質な文体だからこそ笑ってしまう。電車ではとても読めない。

地の文は自意識過剰で理屈っぽい主人公視点である。作中では意味があるのかないのかよくわからないメタファーみたいなものが無数に散りばめられている。従って、理屈っぽい物語で考察のし甲斐がある、つまり俺ガイル読者とかなり親和性が高いのではないかと私は考えている。

 

2. 宇佐見りん『推し、燃ゆ』

過日発表された芥川賞候補作(※受賞されました)。タイトルの通り、推しが炎上する話。
「推しが炎上したのかー」と読み進めて行くと、主人公のパーソナリティに焦点が当てられていく。

主人公がアルバイトするシーン、主人公が家について考えているシーン、そしてラストシーンが印象的だった。一人称たる主人公の見聞きし感じていることが、適切に明文化されていると思った。文章に圧倒されるってなかなかない。

 

3. 小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている』

香港とタンザニアを結ぶアングラ経済のルポタージュ。全てがシステムによって合理化された日本とは違う生き方がここにある。SNSを駆使し、誰かの「ついで」を用立ててビジネスが回っていく。
著者の卓越した文才だけでも一読の価値はある。

ちなみに、著者の前作『「その日暮らし」の人類学』は個人的に傑作。タンザニアの露天商は貧しいながらも生き生きとしている。しかし、我が国は豊かでありながら、先の見える人生に対する閉塞感みたいなものがある。
その謎の閉塞感に対する快刀乱麻のアンチテーゼとして本書は有効に機能すると思う。

 

4.『反逆の神話』

大量消費資本主義に抵抗するあらゆる活動(反政府活動、環境保護活動、フェミニズム活動、スローフードを含む)は資本主義にダメージを与えるどころか、資本主義の養分になっているという逆説を解き明かしている。著者は哲学者であり難解な部分も多いが読み応えのある一冊であった。

 

5.『木の実の文化誌』

100円で売られていたのでなんとなく買った。
木の実を通じて世界を旅し、様々な未知の文化に触れられてとても良い読書体験だった。
特に木の実に興味があったわけではないが、私は趣味で植物を大量に育てているので、全く興味がなかったわけではなかった。

ガチで興味があるわけではないが興味がないわけでもないという分野の本になんとなく手を伸ばしてみるのも、価値観を広げることに繋がるし、おもしろい本に巡り会えるチャンスになるなぁと思った。

 

6. 鷲谷いづみ『生態系を蘇らせる』

これも100円で売られていたのでなんとなく買った。
例えば、春に大量の雪解け水が押し寄せ、全てが流される。一見、雪解け水によって自然が破壊されているように思えるが、そうではなく、一旦ゼロになることによって、そこに多種多様な豊かな生態系が生まれる。

逆にそのようなリセットがなければ、強いものだけがその地を占拠し続け、それは「多種多様な豊かな生態系」とは呼べない。待ち受けるのは腐敗のみである。この考え方はいろいろなことに応用できるのではないかということを学んだ。

 

7. 残雪『黄泥街』

今年のおもしろい本No.2。
とにかく汚い黄泥街という通りを舞台にした物語。ストーリーや登場人物の会話は支離滅裂で、はっきり言って何が何だかさっぱりわからない。翻訳者も試論で「わからない」とはっきり明言している。私も読み終えてどんなストーリーだったのかわかってない。

それでも、わけのわからないことが起こり続けるこの物語はおもしろかった。
読書とは、感動とか学びとかはさておき文字を読むという行為に満足することである、という極右の考え方がある。
そういう意味で、私は本当に読書を楽しんだ。このような小説は他に類を見ない。人を選ぶとは思うがおすすめ。

 

8. 坂爪真吾『「身体を売る彼女たち」の事情』

故あって貧困関係の本をいくつか読んだのだが、これが圧倒的だった。
本書の卓越は、仮説を立て、実行・検証・考察が実地レベルで行われていることである。対象者への取材に著者の感想がへばりついただけの本ではない。

いろいろな貧困関係の本を読んだ中でも、当事者に最も寄り添った内容となっていると感じた。興味本位で書かれた本ではなく、しっかりとした問題意識が根底にある。
著者は東大文学部卒だそうである。平易で読みやすくありながら様々なレトリックが駆使された文章にもとても感心してしまった。

 

9. 佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』

今年のおもしろかった本No.3.
「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」を題材にした青春小説。実在のラジオ番組を題材にするからにはその必然性があるはずだと興味をそそられて読んだ。
結果、フィクションとノンフィクションが融合した素晴らしい作品だった。

事前情報として、レビューで「「俺」がスッと入ってくる」と言うのを見かけた。確かに、読んでいる自分が本の中の「俺」として物語を体験しているような感覚があった。
技術が卓越しているのだと思う。書くべきところだけが書かれていて飽きない。
間違いなく青春小説の傑作だと思った。

 

10. 綿矢りさ『ひらいて』

『蹴りたい背中』以来の高校を舞台にした小説だそうである。
主人公の豪快さというか破天荒さが凄いのである。その無尽蔵なエネルギーは一体どこから来るのだね。
180頁の物語だが、展開は目まぐるしい。「なんでこうなる!?」という方向に物語は驀進する。

個人的に、アニメ化されたらかなりの話題作になるのではないかと思った。頁数自体は少ないが、各話のフックを付けられるだけの濃密さはあると思う。ドタバタラブコメ風にしてもおもしろいだろうし、安達としまむらみたいに叙情的にしても見応えありそうである。

 

11. 羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』

「じいちゃんなんて早う死んだらよか」という言葉を真に受けて、積極的介護によって早く楽にしてあげようとする青年の話。こうあらすじを書くと冷徹なサイコパスの物語かと思うかもしれないが、非常にユーモラスな文体で書かれている。

笑える部分もかがなりあって良かった。どうせ読むなら笑える本がいい。
物語の展開も他に類を見ない独自のものであるように思え、読後しばらく経っても印象深い。

 

12. 石井遊佳『百年泥』

インドの日本語学校と洪水によってもたらされた泥の話。
「インド人は空を飛んで通勤する」など、あるのかないのかわからない法螺話で構成されている。マジックリアリズムか。小説はとにかく自由で何を書いてもよいということがよくわかる衝撃作。

 

13. 町田康『告白』

「河内十人斬り」を題材にした小説。読むべき本ランキングみたいなやつの上位の常連である印象がある。
1日10頁ずつ読み進めて3ヶ月で読み終えた。あらすじだけ書けば原稿用紙1枚に収まる話を、文庫本で840頁の大著にしている。狂気だ、と思った。

私はツイッターという140文字メディアが人気を博したことから、動画や音楽もどんどん短いものが好まれるようになるだろうなとなんとなく思っていた。
そして、それに対して文学ができることは逆に冗長性や脱線を担保することなのではないか、と。
本作はその文学の挑戦の金字塔だと私は考えている。

 

14. 青山七恵『ひとり日和』

おばあさんと同居することによって主人公が成長していく話。そのようなあらすじを読んで、いかにも清廉潔白な優等生による優等生のための文学かなと思っていたが、そんなことはなかった。文章が自分にとって好ましく、ずっと読んでいられる心地よさがあった。

 

15. 綾崎隼『蒼空時雨』

著者のデビュー作。恋愛群像劇。
長編小説でありながら一人ひとりのエピソードに秀逸なオチが付いていてとても良かった。エンタメ小説として卓越している。
そして、文章が非常に読みやすい。この作家の小説を読む時、読みやすい文章とは何かをいつも考えさせられる。

 

16. 水野良樹『いきものがたり』

いきものががりのリーダーにしてメインコンポーザーによる、いきものががり自伝。
私は著者に名を冠している人物が文を実際に書いていない本(著者の発言を編集者まとめているなど)があまり好きではないのだが、これは水野氏が魂を込めて実際に執筆しているのがよくわかる。

そして、作詞作曲の才能の上に文才まであることがわかる。
「いきものがかりは大衆に迎合し過ぎているから好まない」という意見をたまに見かける。しかし、本書を読めば、水野氏が一曲一曲に対して強いこだわり、意志、コンセプトをもって制作していることが確認できる。良い本なのでおすすめです。