俺ガイル完(3期)第11話の感想・考察その1。比企谷は何に納得できないのか?

俺ガイル完(3期)第11話「想いは、触れた熱だけが確かに伝えている。」を考察していく。一日では書ききれず、前半の由比ヶ浜との会話部分の途中までとなっています。中途半端なところまでではありますが、続きは追って別記事に投稿します。

考察その2はこちら(俺ガイル完(3期)第11話の感想・考察その2。「お前はそれを待たなくていい」は由比ヶ浜を意図して振った言葉ではない

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平塚先生との会話

なぜ比企谷は間違えたのか?

平塚先生「共依存なんて簡単な言葉で括るなよ。君の気持ちは、言葉一つで済むようなものか?」
比企谷「……まさか。たった一言で、済まされちゃたまんないですよ。だいたい言葉なんかじゃ、うまく伝わらない」
平塚先生「自分の中で答えはあるのに、それを出す術を君は知らないだけさ」

比企谷がプロム/ダミープロムに奔走していた理由は「それが共依存なんかじゃないことを証明するため」である。比企谷は「共依存」という言葉を真に受けたがために、プロムを開催させて雪ノ下を助けるという行為を、あれこれと理屈をこねくり回しながら共依存という記号を打ち倒すゲームにすり替えてしまった。本当にすべきことはそんなことじゃない。だから、間違えた。

平塚先生曰く、比企谷は「答えはあるのに、それを出す術を知らない」と言っている。だから、比企谷は迷っているわけではない。自分の中に確固たる答えがあるにも関わらず、今回で言えば「共依存」など、安易なフレーズに振り回されて間違えてしまう。

なぜそうやって振り回されてしまうのだろうか。比企谷は大事なことを言葉にしない。言葉にする術を知らない。知らない無垢だからこそ、「共依存」という答えらしきものが提示されると、「なるほど、そうかもしれない」と一旦受け入れてしまうのだと思う。そしてそれを克服しようとあがく。

これはおそらく一生続いていく。例えば、雪ノ下との関係について今後、誰かに何らかのレッテルを貼られたり、勝手に自問したりするかもしれない。その度に比企谷は衝撃を受けるのだろう。しかし、それを克服しようとする過程こそが「本物=追い求め、問い直す」だとおそらく比企谷は言語化されない心の奥底で考えている。

空白の「スキ」とは何か?

平塚先生「けどね、やり方はひとつじゃないよ。言葉一つとっても、表わし方は無限にある。……一言で済まないならいくらでも言葉を尽くせ。言葉さえ信頼ならないなら、行動も合わせればいい。どんな言葉でも行動でもいいんだ。その一つ一つをドットみたいに集めて、君なりの答えを紡げばいい」

平塚先生は紙ナプキンを言葉で埋めていき、「スキ」が空白として残る。これは何を意味するのだろうか。

端的に言えば「『スキ』と言わなくても『スキ』と伝える方法がある」ということだろう。ただ、そのためには空白が明瞭になるほどの言葉を尽くし、行動しなければならない。それは大変なことで、『スキ』と一言伝えるほうが遥かに楽だ。だけど、比企谷はそれを選ばない。というか、性格上選べない。

ナプキンを言葉で埋め尽くした黒塗りの部分は、これまで比企谷がしてきたこと、そしてこれからするであろうこと、言葉、行動の全ての暗喩とみなして良いだろう。自己犠牲で問題解決してきたことも、生徒会長選挙で間違えたことも、「本物が欲しい」と吐露したことも、「共依存」という言葉に振り回されたことも、「男の意地」と嘯いたことも、全てに意味があった。無駄なことは何一つなく、空白部分を形作る要素となった。そう考えるとこの長いストーリーに深い感慨がもたらされると思った。

比企谷のモノローグ

どうしようもない偽物

借り物の言葉に縋り、見せかけの妥協に阿り、取り返しがつかないほどに歪んでしまったこの関係は、どうしようもない偽物だ。
だからせめて、この模造品に、壊れるほどの傷をつけ、たった一つの本物に。
故意にまちがう俺の青春を、終わらせるのだ。

比企谷(と雪ノ下)は「歪んでしまったこの関係は、どうしようもない偽物だ」というようなことをこれまでも繰り返し言ってきているが、それは比企谷が勝手に思っているに過ぎない。「歪み」「偽物」になったと比企谷が感じているだけ。そして雪ノ下も「これは比企谷が望んでいる関係ではない」と思っているだけ。

回想でバレンタインイベント(2期12話)が映されるが、参加者は(陽乃を除いて)誰も奉仕部の関係が「偽物」だとは思わなかっただろう。むしろ楽しそうで良かった、くらいに思っているに違いない。平塚先生でさえ「いいイベントになったな」と高評価していた。

由比ヶ浜も偽物だとはおそらく思っていない。本物も偽物も関係なくこの日々が続けばいいなと思っている。しかし、比企谷が「本物」を求める以上、現状は「偽物」に格下げされるので、由比ヶ浜は「本物なんて欲しくなかった」(第2話)と言っている。

バレンタインイベントが回想されるということは、比企谷はそれが「偽物」の端緒、あるいは「偽物」の集大成であると考えているということであろう。確かにそのイベントは「曖昧にする」という理念の元で行われていた。

「この模造品に、壊れるほどの傷をつけ」とは何か?

ディスティニーランド(原文ママ)で撮った3人の写真を比企谷が眺めている。その写真は由比ヶ浜が、雪ノ下と比企谷を引き寄せて無理矢理に撮ったものであった。この写真が象徴することは、奉仕部は由比ヶ浜が潤滑油となってうまく回っているということである。由比ヶ浜がいなければ彼らは写真ひとつ残すことができない。

その写真を見ながら「この模造品に、壊れるほどの傷をつけ」と言っている。私は由比ヶ浜が大好きなので、こういうことを言うのが非常に躊躇われるのであるが、端的に言えば「由比ヶ浜が潤滑油となっているこの関係が模造品」という事を示しているように思われる。他に可能性が思いつかない。

由比ヶ浜は比企谷の難解で抽象的な言葉を雪ノ下に訳して伝えることができる。由比ヶ浜は理屈や理由なく感情で動くことができる。由比ヶ浜はきっかけを作ることができる。由比ヶ浜は関係を繋ぎ止めることができる。

比企谷が「雪ノ下と関わり続けたい」という願いを自分一人の意志で達成するためには、由比ヶ浜の助けは障壁になり得る。由比ヶ浜のおかげで関係が続くのでは駄目なのである。なぜなら、由比ヶ浜が何らかの理由でいなくなったら、そこで比企谷と雪ノ下の関係も終わってしまうだろうからである。由比ヶ浜に甘えてはいけない。

「壊れるほどの傷をつけ」とは、後に出てくる「お前はそれを待たなくていい」と由比ヶ浜との関係に傷を付けたことだろうか。比企谷がこの11話で何かに傷を付けている場面はそこしかないから、それは有力である。ダミープロムを実現させるくだりも、雪ノ下との11話ラストシーンも、傷を付けたという印象はない。

ただ、余談だが、そのシーンは比企谷の下校を待っていた由比ヶ浜に対して放たれている。そして、その話題は由比ヶ浜が口火を切っている。比企谷が主体的に「傷を付け」るなら、由比ヶ浜を呼び出すなりして行うのが筋ではないか。比企谷を待っていたら話の流れで突然に傷を付けられた由比ヶ浜が不憫だ。

由比ヶ浜との会話

「いいもなにも」の続きは?

由比ヶ浜「これで、ほんとにいいと思う?」
比企谷「いいもなにも……」
由比ヶ浜「ちゃんと考えて答えて」

これは原作で明言されていることだが、由比ヶ浜に遮られた「いいもなにも……」の続きは「俺に決定権はないだろ」(14巻、P329)である。

由比ヶ浜の「お願い」とは?

「もし、本当にいいなら、本当に終わりなら。あたしのお願いちゃんと言うから。……本当に大事なお願い」

ここで重要なことは、「本当に終わりなら、あたしのお願いちゃんと言う」という仮定になっていることである。つまり、逆を考えれば「終わりじゃないなら、あたしのお願いをちゃんと言わない」ということになる。由比ヶ浜は比企谷の出方を伺っているように思う。

由比ヶ浜の言う「終わり」とは、奉仕部の終わりのことであり、もっと言えば「比企谷と雪ノ下の関係の終わり」と踏み込んで考えても良さそうである。おそらく由比ヶ浜は、比企谷が雪ノ下に惹かれているらしいことに気づいている。そして、その逆、雪ノ下が比企谷に惹かれているらしいことも。

彼らが実際に惹かれ合いながらも理屈や論理をこねくり回して終わりにするなら、それは由比ヶ浜が介入する余地なく、終わりである。雪ノ下は「終わり」という結論を出した。比企谷はまだそれに対する回答を出していない。

もし比企谷が「終わり」という結論を出したなら、それに対する由比ヶ浜の「お願い」は何だろうか。「終わりなら」という終わった後を想定しての「お願い」なので、その対象に雪ノ下は含まれているはずはなく、従って、「お願い」は3人の関係を保つということではないと思う。

そう考えると、「比企谷との交際」は有力である。ただ、仮定の話なので何とも言えないけれど、そこまで由比ヶ浜が突然に積極的になるだろうか、という疑問は残る。雪ノ下というライバルは既に退場しているわけだから、急いで比企谷を自分のものにする理由もないだろう。

だから、私の推測では、「奉仕部の関係は終わりだけど、私との関係は続けて欲しい」くらいのところであると思う。で、外堀をじわじわと埋め、既成事実を積み上げて、比企谷に告られるのを待つ、そんなところだろうか。

「一つだけ納得できないことがある」

比企谷「部活が終わること自体は仕方ないと思ってる。いずれは終わるものだからな。部活がなくなることは避けられない。雪ノ下自身にその意志がないこともわかってる。終わる理由は全部納得いってる。……俺は、終わらせてもいいと思ってる」
由比ヶ浜「そっか……。じゃあさ……」
比企谷「でも、一つだけ納得できないことがある……。あいつが何かを諦めた代償行為として、妥協の上で、誤魔化しながら選んだんだとしたら、俺はそれを認められない。俺が歪ませていたなら、その責任を……」

頬パチン

比企谷「悪い。今のなし。なんかかっこつけてた。めっちゃ気持ち悪いこと言うけど、単純にあれだ。俺はあいつと関わりがなくなるのが嫌で、それが納得いってねぇんだ」

まず、由比ヶ浜の「そっか……。じゃあさ……」の続きは、「終わりなら、お願いちゃんと言う」の内容を発動しようとしている。しかし、比企谷は終わりにしなかった。

「部活を終わらせる」とはどういうことか?

比企谷が部活を終わらせてもいいと思っているのは本音である。部活が終わる理由・理屈は揃っているし、比企谷も納得している。しかし、部活はなくなっても構わないが、雪ノ下との関わりがなくなるのが嫌だと言っている。

上で、由比ヶ浜の「お願い」は「部活が終わりだとしても、比企谷と関係を続けたい」であると考察した。で、ここで言う比企谷の「お願い」(みたいなもの)は「部活が終わりだとしても、雪ノ下と関係を続けたい」である。

さて、雪ノ下のお願いは「由比ヶ浜さんのお願いを叶えてあげて」であり、由比ヶ浜のお願いは「ヒッキーのお願いを叶えること」で、それは堂々巡りの構造になっていた。ここでは、由比ヶ浜のお願いは「ヒッキーと関係を続けること」であり、比企谷のお願いは「雪ノ下と関係を続けること」で、これによって「お願い」は雪ノ下の元に帰結し、堂々巡りは断たれる。

もちろん、部活を続けることは可能である。比企谷が策を弄せばいいのであり、奉仕部という形じゃなくてもいろはの言うように生徒会という形に移行してもいいだろう。全く関係のない部活を比企谷が立ち上げて雪ノ下を招集してもいいし、由比ヶ浜にそれを頼んでもいい。校外にサークルを作ってもいい。しかし、その選択肢は比企谷にはない。

部活をなくして比企谷が雪ノ下と関わり続ける、ということは、どういうことだろう。

ひとつは、「奉仕部」という動機をなくすこと。奉仕部という動機があるからには、いずれ受験や卒業などで部活が終わった時、動機がないので彼らの関係は終わることとなる。それを比企谷は是としていないので、部活を壊し、雪ノ下と新しい関係を築こうとしている。

もうひとつは、由比ヶ浜という動機をなくすこと。前述の通り、比企谷と雪ノ下の関係は、由比ヶ浜という接着剤によって成り立っている。由比ヶ浜が「集まろう、ご飯食べ行こう、旅行に行こう」と提案するから彼らの関係は保たれているのであって、由比ヶ浜がいなくなったら自然消滅となるだろう。それを比企谷は是としていないので、由比ヶ浜抜きで雪ノ下と関係を築こうとしている。

いわば、部活でも、由比ヶ浜でもなく、雪ノ下自体を動機にすることである。

奉仕部という空間自体が今となっては「偽物」となってしまった。当初は成長の場だったかもしれない。しかし、時と共に感情や関係は形を変え、比企谷にとって奉仕部は「動機を与えてくれるもの」となってしまった。他人から与えられるものは全て偽物と比企谷は考えている(2期10話)。

比企谷の本音

比企谷が頬パチンする前の「あいつが何かを諦めた代償行為として、妥協の上で、誤魔化しながら選んだんだとしたら、俺はそれを認められない。俺が歪ませていたなら、その責任を……」は比企谷の本音ではない。かっこつけた上での単なる理屈である。

従って、比企谷の唯一の本音はその後の台詞「あいつと関わりがなくなるのが嫌」である。後にも先にも、比企谷の「雪ノ下と関わりがなくなるのが嫌」以外の文意の台詞は全て本音ではなく、単なる理屈である。だから、後の話になるが、告白めいたシーンで雪ノ下に「責任取りたいっていうか、取らせてくれっていうか」と言っているのも、理屈である。

比企谷は、由比ヶ浜にだけは本音で話さなければならないと考えているようである。なぜだろうか。

由比ヶ浜は大人であり正しいから、理屈のこね回しや理論武装はすぐに見抜くに違いない。由比ヶ浜はその比企谷の嘘をきっと笑って受け入れるだろう。しかし、それは由比ヶ浜への甘えに他ならない。比企谷は由比ヶ浜への甘え・依存から脱却しようとしているのであり、中途半端な嘘をつくわけにはいかないのである。

比企谷にとっての馴れ合い

由比ヶ浜「……関わり、なくならないんじゃないかな」
比企谷「……まぁ、普通はな。たまになんかで顔合わせて、世間話のひとつもして、連絡とって集まりもしてればそれなりに付き合いは続く。……でも、俺はそうじゃない。だから、このまま関わることを諦めたら、たぶんそのまま。……それはちょっと納得いかなくてな」

由比ヶ浜の「関わり、なくならないんじゃないかな」は最後の抵抗とみなすことができる。何の理屈も根拠もない、ただの希望的観測である。しかし、由比ヶ浜にとってはそれくらいしかもう手札は残っていない。

比企谷の「なんかで顔合わせて、世間話のひとつもして〜」は馴れ合いのことを言っている。あるいは、比企谷は雪ノ下とそういう浅はかな関係を望んでいるのではないということを示している。

今掴まなかったら、ここで終わりにしてしまったら、比企谷と雪ノ下の関係は単なる馴れ合い、廊下ですれ違って「おー、元気?」なんて言うだけの関係、いや、彼らはいろはの通訳が必要だったことを考えれば、理屈に雁字搦めにされて会話さえしない、もっと言えば、避けてしまうような関係になってしまうだろう。それを比企谷は嫌だと言っている。

 
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