飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

『俺ガイル。』原作12巻の感想と考察(長文、ネタバレあり)

      2018/11/13

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。12 (ガガガ文庫)

 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』原作12巻にはとても満足している。単純に読んでいておもしろかったし、何より考察し甲斐があった。『俺ガイル。』の卓越した点は登場人物が「生きている」ところであると私は考えているが、それは12巻においても損なわれるどころか、明確化しているように思えた。

 下記、2回読み直しての私なりの考察をまとめていこう。8000字という長文、且つ記事の性質上盛大にネタバレしていくのでご了承くださいませ。

 
※興味深いコメントを頂いておりますので、コメント欄も合わせてご覧ください。

※ちなみに、アニメ二期13話(最終話、原作11巻)の考察は「『俺ガイル。続』13話(最終話)の考察。由比ヶ浜結衣の目的と台詞の意味」をご覧ください。

 

 

雪ノ下雪乃における考察

11巻ラストでの「私の依頼」が明らかに

 前巻は雪ノ下の「……私の依頼、聞いてもらえるかしら」(11巻、P318)という謎めいた台詞とともに幕を下ろしたので、読者は「その依頼とは一体何なのか」というもやもやを2年半に渡って抱き続けることとなった。で、この12巻の序盤でその「依頼」の内容が明らかになっている。

 どうやら雪ノ下には建設会社社長且つ県議会議員である「父の仕事を継ぐ」という夢があった。だけど、その役目は姉の陽乃が引き継ぐものとして母によって予め決められていたようである(P44)。

「……私の依頼はひとつだけ。……あなたたちに、その最後を見届けてもらいたい。それだけでいいの」

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』12巻、P49

 つまり、父の仕事の行く末について母に直接聞き、はっきりとさせた上で自分の意志でその夢を諦めたい。その最後を見届けて欲しいということである。

 ちなみに、由比ヶ浜が言っていた「ゆきのんの今抱えてる問題、あたし、答えわかってるの」(11巻、P312)における「問題」及び「答え」と、ここで雪ノ下が言っている「依頼」は同義ではない。恐らく由比ヶ浜は「今抱えている問題=比企谷への恋心」だとみなしているのだと思う。従って、雪ノ下が上記「依頼」を口にした時、由比ヶ浜は「ゆきのんの答えは、それ、なのかな……」(P49)と違和感を覚えている。

 由比ヶ浜については、比企谷が「由比ヶ浜はたぶんまちがえない。彼女だけはずっと、正しい答えを見ていた気がする」(11巻、P314)と、また本12巻で陽乃に「本当に勘がいい子だよ。全部わかってるんだもん。雪乃ちゃんの考えも、本音も、ぜーんぶ」(P342)と評されていることから、由比ヶ浜が抱いたその違和感は恐らく正しい。

 だけど、雪ノ下は決して逃げたり誤魔化したりしてその「依頼」を宣言したのではないことは文中のあらゆる表現から読み取ることができる。彼女自身の確固たる意志で選び取ったものだ。

 

雪ノ下は比企谷への恋を諦めたのか?

 原作10巻の保健室での出来事以降に顕著になっていた雪ノ下が比企谷に思いを寄せているらしい表現は、本12巻では清々しいくらいに全く出てこない。これには3つの異なる説が考えられる。

1. それは恋ではなく単なる依存だったと雪ノ下自身が気付いたから
2. それは恋だったが諦めた(由比ヶ浜に譲った)から
3. 未だに恋心を抱いているが隠しているから

 どれが本当の理由か、あるいはもっと他の理由があるのかは続巻を待たなければならないが、少なくとも由比ヶ浜は本12巻における二つのinterlude(P96, P358)において「それは恋だったが諦めた(由比ヶ浜に譲った)」ことを示唆、独白している。前述の通り、由比ヶ浜は「全部わかっている」のであり、それは極めて有力な見解だ。

 

雪ノ下はなぜプロムを手伝ったのか

 一色いろはが持ち込んだ謝恩会をプロム形式で行うという提案を雪ノ下が手伝ったのは、雪ノ下にとってプロム自体をやりたい動機があったからではない。雪ノ下にとってはそれがプロムでもそうでなくてもどうでもいいことで、自分が変われるチャンスがそこにあったから自分の意志で依頼を引き受けた。

 一色がプロムをやりたい理由は12巻を読む限り「プロムをやりたい」というただそれだけの理由による。卒業生や他の誰のためでもなく、自分が将来プロムクイーンに選ばれるという痛快なまでの私利私欲のためだけにやりたいと言っている。

 つまり、一色と雪ノ下の利害が一致したのである。自分のためにプロムをやりたい一色と自分が変わるチャンスが欲しかった雪ノ下。雪ノ下にとっても他の誰のためでもなく、言ってしまえば自分を変えるという私利私欲のために協力する。

 このプロムの企画に論理はない。以前までのように「頼まれたから」という言い訳がましい理由もない。あるのは明確で美しい真っ直ぐな感情だけだ。

 

比企谷八幡における考察

もはやぼっちではなくなった比企谷

 雪ノ下が単独で生徒会主催のプロムの手伝いをする中、それまでは奉仕部に足を伸ばしていた比企谷は放課後にやることがなくなってしまった。それをいい機会とばかりに家でテレビゲームに熱中するが、数日で飽きてしまう。で、クラスメイトの戸塚に「そのうち暇な日あるか?」(P220)と誘うなど以前の比企谷であれば考えられない見ようによっては奇行とも言うべきことさえし始める。それは比企谷自身も「ここ最近の俺の有様は以前の俺からすれば病的にさえ映る」(P347)と自覚している。

 奉仕部に入らさせられる以前の比企谷はぼっちであり、学校が終わればそのまま真っすぐ帰るのが当たり前だったのだが、ここきて比企谷も変わり始めていることが明白になっている。それが、積極的に人と関わるようになったというポジティブな捉え方をすべきことか、葉山たちリア充グループに倣うように没個性化しつつあるというネガティブな捉え方をすべきことかはわからないが、大いなる変化であることには違いない。

 

比企谷は頼られることが実は好き

 本12巻における本題は卒業式の後に開かれる謝恩会をプロムナード(舞踏会)形式で行いたいという一色いろは率いる生徒会の発案を雪ノ下が手伝うことである。だが、このプロム発案が出てくるのが物語も後半に差し掛かる頃(P188)から。

 では前半では何が起こっているのかというと、前巻11巻からの続きと、比企谷のクラスメイト川崎沙希とその妹と偶然居合わせるエピソード、それと比企谷の妹である小町とのエピソードである。私は読みながら、あらすじにある「ある大きな依頼」がなかなか登場しないぞと訝っていたのだが、この前半のエピソードの積み重ねが後半に大きな意味をもらたすことを読み進めるうちに知ることとなる。

 かつて陽乃が、雪ノ下が比企谷に寄せる感情について「そう、あれは信頼とかじゃないの。……もっとひどい何か」(10巻、P340)と発言していることを踏まえ、それは信頼ではなく恋愛感情でもなく「依存」であると大いに推測された。そして、本12巻においてそれがまさしく「依存」であったと物語中で初めて言葉で示されるのだけれど、ただの依存ではなく陽乃曰く「共依存」(P346)であるという。

 つまり、雪ノ下は自分の意志・決断を比企谷に委ねることで依存し、比企谷は比企谷で雪ノ下を助けることにまんざらでもない喜びを見出しているという意味で依存していたということである。

 この結論を読者に提示するために、比企谷が川崎沙希の妹である京華を甘やかすシーン(P118)を提示し、小町が明確に兄離れするシーン(P146)を描き、「と言いつつも、わたしに頼られてすごく嬉しそうな先輩なのでした」(P247)、「過保護」(P250)という一色いろはの台詞を差し挟み、雪ノ下を助けようとする比企谷に対して最後に会心の一撃「……まだ、『お兄ちゃん』するの?」(P336)という陽乃の台詞でとどめを刺す。

 物語を通じて比企谷は単独行動を好み、他人に積極的に介入しない良くも悪くも理性的で自立した人間であると思っていたのだが、頼られると黙っていられない比企谷の信念・善意が相手の自立を阻害してしまうことがクローズアップされている本12巻での問題提起には唸った。人に任せることができない「何でも自分でやらなければ気が済まない病」であるとも見ることができる。

 雪ノ下が自分で問題を解決すると強がりではなく本心で言っているのだから静かに見守ればいいのに、結局はプロムの開催に拘泥してしまってそれができない比企谷。平塚先生に「君は人の心理を読み取ることは長けているけれど、感情は理解していない」(9巻、P225-226)と指摘されていたのがそのまま当てはまっている。9巻での一色いろはの荷物を持ってあげるシーンも小さな伏線になっていると考えることもでき、その一貫性には戦慄する。

 本12巻は雪ノ下は自分の意志で自分の足で踏み出そうとしているにも関わらず、比企谷は何も変わらず立ち止まったままであることが対照的に描かれているのが印象的だ。

 

「心が揺れる」が意味するもの

 実際、手作りというアイデアは悪くない。貰った側の心に強く訴えかけるものがあるし、何より手間暇をかけて作ってくれた事実に胸を打たれる。それが憎からず思っている相手であれば、なおのこと。
 本当に、心が揺れる。

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』12巻、P315

 前巻11巻の最後で「お礼だよ」と由比ヶ浜に貰った手作りクッキーのことを言っている。比企谷の心が揺れているのはこれが初めてではない。何なら最初の最初からぐらんぐらんしまくりであるところを自意識によって無理矢理抑えつけていた。ただ、ここまでシリアスに「本当に」と強調してまで心が揺れているのは初めてではないか。

 由比ヶ浜が比企谷に好意を持っていることについて比企谷自身は恐らく気付いている。だけど、中学時代の折本との件(8巻)があり、確信が持てないでいるのだと思う。自分自身の気持ちも恐らく良くわかっていない。上記引用文中の「憎からず」という表現から察するに恋愛感情はなさそうだけれど、嫌だとも思っていない程度だろうか。

 「心が揺れる」というのは、「恋に落ちそう」というほどの意味ではないように思われる。相手から向けられる好意らしきものをそのまま額面通りに受け取ってしまってもいいのかという葛藤であろう。比企谷はかつて陽乃に電話口で「自意識の化物」と言われた(8巻、P147)。自意識とは「自分とはこうあるべきという意識」であり、「自意識の化物」ということは「自分とはこうあるべきという意識が肥大化しすぎている」ということだろう。

 比企谷は中学時代、折本への告白が失敗したことによって好意らしきものを敢えて好意と受け取らないために「自意識の化物」が形成されたことが作中で大いに示唆されている。高校に入ってからはここまで一貫して自意識=理性を堅牢に保っている。

 しかし、由比ヶ浜の度重なるアプローチと手作りクッキーによって「好意らしきものを好意として受け取りそうになっている=心が揺れる」ことになっていると考えることができよう。

 

雪ノ下陽乃における考察

雪乃に意地悪をしていたわけではない

 前巻11巻までは雪ノ下陽乃の印象は決して良いものではなかった。ここぞというところで茶々を入れてきて、それが善意によるものか悪意によるものか判別がつかない。

 ところがこの12巻で陽乃の印象が一変する。雪ノ下の将来についての話をきちんと聞き入れた上で陽乃から善意で協力さえ申し出(P72)、酒を飲みまくるという人間味のある行動を起こし(P54-)、雪ノ下の自立を促すために比企谷のおせっかいを静止する(P336)。

 いずれにしても陽乃が今までしてきた行動はもちろん面白半分の茶々がなかったとは言わないが、雪ノ下や比企谷に嫌がらせをするための行動だったのでは決してなさそうだ。雪ノ下の自立を促すために善意で孤軍奮闘してきたとも言える。

 

陽乃の圧倒的な孤独

 同じく、前巻11巻まで陽乃の印象は決して間違えない完璧な人間で、ある意味人間的でないとさえ思っていたのだが、12巻では前述通り酔っ払ってみたり、ふと悲しげな表情をしてみたりと人間味が伺い知れる。具体的には圧倒的な孤独を感じるのである。振り返ってみれば陽乃に友だちがいると示唆されたことは一度もないし、比企谷たちに度々ちょっかいをかける程に時間が有り余っているようであった。

 陽乃の言う「酔えない」(P94)とは恐らくメタファーで「何事にも夢中になれない」という意味だろうか。「どんなにお酒を飲んでも後ろに冷静な自分がいるの。自分がどんな顔してるかまで見える。笑ったり騒いだりしても、どこかで他人事って感じがするのよね」(P92)は本作において陽乃が語る数少ない自身に対する本音である。

 陽乃も比企谷同様、人の心理は読めても感情がわからないのかもしれない。あるいは、本人の意に反して将来のことを決められており、それに「夢中になれない=酔えない」という意味かもしれない。

 

陽乃は何を諦めたのか

「だけど、その共依存も、もうおしまい。雪乃ちゃんは無事独り立ちして、ちょっと大人になるんだよ」
「あいつは……、何を諦めて、大人になるんですかね」
 彼女とよく似た微笑が、くしゃりと悲しげに歪んだ。
「……わたしと同じくらい、たくさんの何かだよ」

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』12巻、P347-348

 陽乃はたくさんの何かを諦めて今こうして大人になっていることを示唆している。では、何を諦めたというのか。

 ここからは私の完全なる推測である。

 恐らく、陽乃と葉山はお互いの意に反しながらも家庭の事情で婚約させられている。雪ノ下家が経営する建設会社の顧問弁護士が葉山の父であり、政略結婚的な意味合いがあると思われる。葉山と雪乃はかつて両思いだったが、上記理由によってお互いに諦めさせられた。陽乃には意中の相手が他にいたか、あるいは他にやりたい事があったが、それも断念させられて今に至る。

 このように考えると、雪乃と葉山が付き合っているという噂が流れた際(10巻)にお互いが痛憤する理由に辻褄が合うし、陽乃が葉山と自然に行動を共にしている様が散見されることにも納得がいく。

 現時点でわかる証拠を集めて組み合わせるとこのような仮説が導き出されるのだが、どうだろう。

 

由比ヶ浜結衣における考察

 本12巻では本編中に三つの短いinterlude(登場人物の独白みたいなもの)が差し挟まれており、最初の一つは恐らく比企谷であり、後の二つは由比ヶ浜の心情である。すなわち、由比ヶ浜視点で物語を捉えることができる箇所があるということである。

 

「ずるい」が意味するもの

 二つ目のinterludeでは由比ヶ浜が、雪ノ下が比企谷に思いを寄せているらしい証拠を発見してしまうシーンが描かれるが、そこで由比ヶ浜の言う「ずるい」について言及される。前巻11巻のラストでも「あたし、ずるいんだ」「ずるいかもしんないけど……。それしか思いつかないんだ……」(11巻、P311,P313)と強調して繰り返していた言葉だ。

 由比ヶ浜が比企谷に恋心を抱き続けているのは明白である。決して諦めたわけではない。だけど、雪ノ下と比企谷が両思いであると由比ヶ浜は思い込んでいて、比企谷の気持ちを知るのが恐いと思っている。

 彼女の気持ちを聞くのはずるいことだ。
 自分の気持ちを言うのはずるいことだ。
 でも、彼の気持ちを知るのが怖いから。
 彼女のせいにしているのが一番ずるい。

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』12巻、P99

 「雪ノ下の気持ちを聞くのがずるい」というのは、聞いてしまえば雪ノ下はきっと否定するだろうから「雪ノ下に聞くこと=雪ノ下に否定させること」と同義であり、ずるい。「自分の気持ちを言うのがずるい」は、抜け駆けを指すのだと思われる。雪ノ下の気持ちを知りながら比企谷にアプローチすることはずるい。

 「雪ノ下のせいにしているのがずるい」のは、雪ノ下が比企谷に思いを寄せているという理由をこじつけて由比ヶ浜自身が何も行動を起こさない大義名分にしてしまっているところがずるい。これは、上述の雪ノ下の依頼(夢を諦める最後を見届けてもらいたい)が語られる過程における雪ノ下の台詞「でも、ちゃんと言うべきだったんでしょうね。それが叶わないとしても……。たぶんきちんとした答えを出すのが怖くて、確かめることをしなかったの」(P48)が由比ヶ浜の心情ともダブっている。

 雪ノ下は自分の意志で歩き出すことを選んでいるのに、比企谷同様、由比ヶ浜もただ手をこまねいているだけであるという見事な対比になっている。

 

「本物なんて欲しくなかった」とは何を意味するのか

 同じく二つ目のinterludeにおいて「――本物なんて、ほしくなかった」(P99)と由比ヶ浜は独白している。

 ここで言う「本物」とは、比企谷が泣きながら吐露した「本物が欲しい」(9巻、P255)のことである。比企谷の言う「本物」とは「わからないことは怖いことだから、相手のことを完全に知り尽くして安心していたいという傲慢さを許容できる関係性」(9巻、P254より大意)であり、恐らく比企谷と小町の兄妹のような関係のことを指しているのだと思われる。

 この9巻のシーンにおいては、由比ヶ浜が「もっと話せばわかるよ」と主張するのに対し、比企谷が「話さなくてもわかる関係が欲しい=本物が欲しい」と意見が食い違っているところは注目すべき点である。

 で、本12巻においてなぜ由比ヶ浜が「本物なんて、ほしくなかった」と言っているかというと、由比ヶ浜の視点では比企谷と雪ノ下の中にその「本物」があるように見えているからに他ならない。比企谷と雪ノ下は根底で似ているところがあって、「言わなくてもわかる」要素が由比ヶ浜には目に付く。由比ヶ浜はそんな雪ノ下を羨ましく思っている(あるいは嫉妬している)ようである。

 対して由比ヶ浜は「話せばわかる」と考えているのであり、比企谷の求めているものと自分が持っているものとの間には差異がある。比企谷の言う「本物」を探す物語のゴールに自分がいるとは思えない、と由比ヶ浜は思っている。だから由比ヶ浜は、雪ノ下と共に奉仕部として「比企谷の依頼=本物が欲しい」を引き受けた(9巻、P426及び11巻、P318)けれど、実は「本物なんて、ほしくなかった」と考えているのである。

 

最後のシーンでなぜ涙が流れたのか

 12巻の特に後半は由比ヶ浜ルートが大いに示唆されるものであって、由比ヶ浜推しの私としては大変に嬉々としていたのだが、最後の最後で恐るべきどんでん返しが起こった。すなわち、由比ヶ浜と一緒に小町の合格祝いの手作りケーキを作る予定の道中、プロムの中止を聞かされた比企谷は由比ヶ浜との約束を反故にし、一人で雪ノ下を助けに行ってしまうのである。

「……そっか、でも、ヒッキーが行ってくれるなら、なんとかなっちゃいそう」
 そして俺を肯定してくれるように、うんうんと大きく何度か頷いた。その拍子に、つっと、光る雫が流れた。それを目にした瞬間俺は息を呑む。けれど、俺が呆けるくらいに驚いたからか、由比ヶ浜も自身の目元に気づいて、すぐに頬を指で拭った。
「え、あ、なんか安心したら涙でてきた。びっくりしたー……」

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』12巻、P354

 このシーンの後、由比ヶ浜は「やー、わからないことだらけだったから……。なんかひとつでもわかるとほんと安心する」(P355)と言っており、これはすなわち、由比ヶ浜にとって「比企谷の気持ち=雪ノ下に思いを寄せていること」に比重が置かれてしまったことを示唆している。「比企谷にとっては由比ヶ浜との約束よりも雪ノ下を助ける方が大事」もっと言えば「比企谷は由比ヶ浜よりも雪ノ下を大切に思っている」という単純な事実を見せつけられ、図らずも涙が溢れた。そのショックは計り知れない。比企谷は本当に人の感情がわからない奴だ。

 由比ヶ浜にとって比企谷の気持ちを知ることは怖いことだった。踏み出せなかった。だからこそ、雪ノ下の家で見つけてしまった写真を見なかったことにし(P98)、「……あと、お嫁さん、とかね」と子供の頃の夢を置き去りにするように比企谷に背を向けて言い(P313)、それでも思いは胸に秘め続け、この後一緒に楽しくケーキ作りをするはずだった。それがここにきて、これ。

 続巻以降、由比ヶ浜も主体的に何か行動を起こすものと思われるが、ああ、切ない。比企谷は罪な男だ。

 
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