飄々図書室

【書評・読書感想文】本にまつわるあれやこれや

俺ガイル原作13巻の感想と考察【長文、ネタバレあり】

      2018/11/24

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (13) (ガガガ文庫 わ 3-23)

 
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。(俺ガイル)13巻』の感想・考察をしていく。本巻のテーマは「共依存の関係を終わらせる」というところにあると思うが、それ以外にも考えるべきところが山ほどあるので、ひとつひとつをなるべく丁寧に読み解いていこうと思う。

各登場人物に焦点を当てながら、なるべく時系列順に考察を展開していく。本文中の引用で、ページの指定だけされているものについては本13巻からの引用である。

本稿は引用文を含めて約14,000字を超える長大なものとなっている。書く方も疲れたが、読む方も疲れるだろう。原作を二度読み直した上で全身全霊を込めて書いた。是非ともブックマーク等をして頂いて、休みながらでも最後まで読んでほしいと思っております。また、記事の性質上、盛大にネタバレしています。

目次

比企谷八幡における考察

なぜ比企谷はプロムを手伝いたいのか

物語は前12巻からの続き、プロムの中止を平塚先生から聞かされて学校に走り戻るところから始まる。比企谷はプロムの開催に拘泥している。その理由は雪ノ下雪乃を「いつか、助けるって約束したから」(12巻、P353)である。13巻ではもう少し詳しく踏み込んで書かれている。

ここで関わることを諦めてしまえば、それは俺たちの過去の関係性を、奉仕部の在り方を否定することになりかねない。
だから、俺は試みるべきなのだ。あの時間が共依存ではないことの証明を。(P85)

「あいつが助けを必要としていなくて、それでも俺が助けたいと思うなら……、それは共依存なんかじゃない。それが証明できればいい」(P257)

この13巻では奉仕部の3人がそれぞれのやり方で「奉仕部として積み上げてきた時間を否定せずに、共依存からの脱却すること」を画策している。比企谷は「自分の意志で雪ノ下雪乃を助け、プロムを開催する」ことでそれが証明できると考えている。

だけど、雪ノ下雪乃は「比企谷に依存しないでプロムを開催すること」でそれが証明できると考えている。二人とも「プロムを開催する」という目的は同じなのに、その手段は正反対だ。自分の信念にがんじがらめになってしまって、全く噛み合っていない。

これは周囲から見たら相当おかしな事態であろう。比企谷と雪ノ下雪乃は未だ自分の世界に閉じこもって「共依存からの脱却」という存在しない敵と戦っているように見える。物語を彩る脇役たちが「なんでそんなことになってるの? 違くない?」みたいなことを口を揃えて言うのも頷ける。しかし、これは奉仕部の物語だ。

ダミープロムの立案

比企谷は「当て馬」としてのダミープロムを立案し、保護者たちに相対評価を押し付けることで雪ノ下雪乃のプロム案を実現させようと試みる。これについては作中で充分に語られているので考察の余地はあるまい。

このダミープロムについては、まさに『俺ガイル』の総決算とも言うべき立案であると思った。そもそも比企谷は自己犠牲を図ることで周囲の問題を解決していくという行動様式がある。このダミープロムはどんなに綿密に作り上げても決して実現されることのない虚像であり、犠牲である。物語として一貫性があり「なるほど」と膝を打った。

但し、読者の殆どはおそらく「この策略がうまくいくわけない」と感じながら読んだのではないだろうか。私はそうだった。大勢を巻き込みながら偽物を作り上げることが物語としての正解であるとは思えないし、仮に成功したとしても雪ノ下雪乃が「自立できた、共依存から脱却できた」とすっきり納得するとも思えない。

このダミープロムは比企谷が暴走し唯我独尊で自分が思い描いた正解を手に入れるためだけの産物でしかない。そういう意味で明らかに「まちがっている」。タイトルとも整合性がある。ただ、比企谷は「まちがっている」が、その「まちがっている」比企谷を描く物語としてはまちがっていない。

比企谷にとっての「責任」

比企谷が雪ノ下雪乃を助ける口実として「責任」という言葉を使う。

「話が拗れてるのも、依存がどうとか、そういうのも、まぁ俺が招いた責任だ。(略)だから、その帳尻は合わせておきたい」(P65)

雪ノ下雪乃「そして結局最後はあなたに頼り切りになるの……」
比企谷「けど、……その責任も俺は取るべきだと思う。誰かが一方的に悪いって話じゃないだろ」
(P80-81)

比企谷のこの発言は嘘や言い訳ではないだろうが、本音を避けて相当に婉曲している可能性はある。少なくとも一色いろはには「言い訳みたいに軽々しく言わないでほしい」(P91)と見抜かれているようである。

「誰かが一方的に悪いって話じゃない」と比企谷が言っていることから察するに、比企谷が一人で罪を贖うために責任を取るという意味ではないのだと思われる。この辺の問題に関しては原作9巻(アニメ二期第8話)の「本物が欲しい」に至る経緯で解決済みだ。

だから比企谷は「奉仕部の一員として責任がある」ということを言っているのだと思う。何の責任か。雪ノ下雪乃の自立を促す責任である。共に時間を過ごす中で関係が拗れて、依存が発生した。比企谷だけの責任ではないが、少なくとも比企谷は関係している。

関係した者として、雪ノ下雪乃が自立するために一人で苦悩することは比企谷にとって筋が通らない。そういう意味での責任だと思われる。

あるいは、比企谷が「責任」という言葉に暗に何か大きな意味を含めていたとしても、それを本文から読み取ることは難しそうである。その点、一色いろはは比企谷の言う「責任」という言葉に含まれた意味を「あんなのほとんど告白だ。それか痴話喧嘩か別れ話」(P90)と解釈している。

 

一色いろはにおける考察

いろはにとっての「責任」

いろはは比企谷の「責任」という言葉に敏感に反応する。これはもちろん原作9巻(アニメ二期第10話)での「責任、とってくださいね?」(CV:佐倉綾音)に関連している。

この13巻では、12巻に引き続き「interlude」として比企谷以外の登場人物の独白が盛り込まれている。冒頭1つ目のinterludeが誰のものなのかは判別がつかない。考えられるとすれば比企谷、雪ノ下雪乃、雪ノ下陽乃、平塚先生あたりだろうか。比企谷っぽくも思えるが、物語は全て比企谷の一人称で作られているので、わざわざinterludeとして提示する必要がない。そう考えると、雪ノ下雪乃が有力だと思われる。

で、2つ目のinterlude(P90-)は明確に一色いろはの独白である。読む限り、一色いろはは比企谷に対して何らかの強い特別な感情があるようである。比企谷に想いを寄せていると断言してもいいかもしれない。

『俺ガイル』の物語においては、タイトルで「青春ラブコメ」と明言しているにも関わらず「愛」だの「恋」だのという言葉が全くと言っていいほど出てこない。アニメ二期(俺ガイル続)のED曲「エブリデイワールド」のサビの部分で敢えて「恋」と歌われているくらいのものである。「好き」という言葉もモノに対しては使われるが、人に対して直接は殆ど使われない。

従って、ここで一色いろはが「責任」という言葉で表現した感情についても深読みしようと思えばいくらでもできる。けれど、比企谷に想いを寄せているというところで間違いないであろう。

「あの……」に続く言葉

同じくinterludeの中で、いろはが雪ノ下雪乃に「あの……」と言いかける場面がある。「あの……」の先はおそらく「手伝いますか?」とか「一人で大丈夫ですか?」とかそういうことだろう。だけど、言っても否定されるだろうし、その言葉は比企谷が言うべき言葉だし、実際に言った比企谷も拒絶されているので、打つ手がない。だから、言わなかった。

プロムをやりたい理由

前12巻において、いろはがプロムをやりたい理由は「自分がプロムクイーンに選ばれたいから」ということしか説明されていなかった。しかし、この13巻で補足がもたらされる。

「先輩も雪乃先輩も結衣先輩も葉山先輩も……ついでに戸部先輩とかのその他大勢もちゃんと送り出したいんです。(略)わたしが後悔しないためにですよ。わたしのためです。別に先輩のためじゃないです」(P104)

いろはのこの言葉も嘘ではないけれど、本音を隠していそうな部分はある。特にいろはには人のための行動を「自分のため」と言い張って驀進する行動様式が以前から見られる。

当ブログにおける『俺ガイル 12巻』の考察記事に対して、一色いろはがプロムをやりたい理由について「八幡をキングにしてクイーンの自分と釣り合いが取れているという免罪符を公衆から勝ち取ろうと企んでいるのではないか」とのコメントを頂いた(だいさんより)。この視点は私には全くなくて、かなり的を射ていると感心してしまった。いろはがプロムをやりたい理由のひとつとして非常に参考になると思われる。

「そうやって、わざわざめんどくさいことやって、長い時間かけて、考えて、思い詰めて、しんどくなって、じたばたして、嫌になって、嫌いになって……それでようやく諦めがつくっていうか。それで清々したーって、お別れしたいじゃないですか」(P105)

個人的に好きな台詞だったので引用した。いろはのこの台詞について、比企谷も「彼女が語る過程はきっと俺がいつか辿る道だ。そうやって最後まで醜く足掻いて、俺は別れを受け入れるのだろう」と共感し、物語の行く末に投影している。

 

戸塚における考察

「理解したいから」と「本物が欲しい」の関係

ファミレスでのダミープロムの立案協力に呼ばれたのは材木座、戸塚、川崎さん(川なんとかさん)である。これは8巻(アニメ二期第5話)での生徒会選挙の件と同じ構図となっている。「当て馬」の協力者として呼ばれているのも同じ。

今回違うのは、比企谷が自分の意志で動いていることと、こうして協力してもらう理由をきちんと彼らに述べるところである。とは言っても、比企谷が自発的に理由を述べたわけではない。

戸塚「ぼくたちも、ちゃんと八幡のこと理解したいから」(P163)

比企谷は9巻(アニメ二期第8話)で「本物が欲しい」と吐露した。その「本物」とは一言で言えば「相手を理解したい」ということ。ここで戸塚に「ちゃんと八幡のこと理解したいから」と言われてしまっては、比企谷もその理由を述べない理由がない。

ということで、比企谷はこの企画がダミーであることを打ち明け、それでもいいなら協力して欲しいとお願いするのである。

 

葉山隼人における考察

葉山と雪ノ下雪乃の過去

これまでの物語で葉山と雪ノ下雪乃の間に過去に何かがあったらしいことが示唆されはすれど、明確にはされなかった。その過去について葉山の口から語られる。

「小学校の時、彼女が孤立していたのは知ってるか。その時も、似たようなことを言っていた。……一人でできる、あなたには頼らない……助けはいらないって」
「俺は中途半端に手を出して、余計に傷を広げたんだ。可能な範囲でなんとかする……なんて言いながらな」
「あの時、俺が全力で助けるべきだったんだ。そうすれば……」
(P252-253)

葉山はこのことを本当に悔いているようである。その悔いが「雪ノ下雪乃を助けられなかったこと」それ自体にあるのか、それに起因する別のことにあるのかは判別がつかない。本巻を読む限り、それが原因となって、葉山、雪乃、陽乃の関係が拗れてしまい、それに対して悔いているように読み取れる。

比企谷と葉山の考え方の違い

葉山が自身の過去を悔いてあまつさえやり直したいくらいに思っている反面、比企谷は葉山の後悔を「羨ましい」と感じている。また、葉山はその「全力で助けるべきだった」という反省から比企谷に単刀直入に告げる。

葉山「比企谷……。君のやり方はまちがっている。君がすべきことはそんなことじゃないはずだ」
比企谷「全部わかってる。わかってて、こうしてるんだ」
(P255-256)

二人には「他人が傷つくのを許せない」という共通理念がありながら、それを実現させるための手段が全く異なっている。葉山は「全力で助けるべきだった」と後悔しながらも自ら誰かを全力で助けることはせずに、比企谷にその役目を投影しているように思える。比企谷は比企谷で「全力で助けるべき」と理解していながらも、自らの行動様式から逸脱することができずに、ややこしい手段を選択する。

修学旅行のとき(7巻、アニメ二期1-2話)でもそうだったように、現状、この二人が誰かを直接助けることはできそうにない。誰よりも理解し合いながらも、誰よりも仲良くできない二人。海老名さんの言うところのBLという見方としてもなかなか良くできているのではないかと思われる。

「男の意地」という言い訳

比企谷「あいつが助けを必要としていなくて、それでも俺が助けたいと思うなら……、それは共依存なんかじゃない。それが証明できればいい」
葉山「比企谷……。その感情をなんていうか、知ってるか」
比企谷「知ってるよ。男の意地っていうんだ」
皮肉げに片頬吊り上げ、そう嘯いた。
(P257)

「相手が助けを必要としていなくて、それでも自分が助けたいと思う」感情をなんていうか。これについては「愛」や「恋」という言葉しか思い付かないのだが、どうなんだろう。葉山の言葉に全く動揺していないことから、比企谷はその感情の答えを知っているようである。その上で「男の意地」という言葉で誤魔化している。

葉山と陽乃の関係

P258からのinterludeは葉山の独白である。葉山は比企谷の「男の意地」という「大法螺」に感化され、陽乃に電話をかけ、会う約束を取り付ける。つまりは、葉山にとっての「相手が助けを必要としていなくて、それでも自分が助けたいと思う」対象は陽乃なのではないかと示唆されている。葉山の好きな人「イニシャルY」とも関連するだろう(原作4巻(? 未読)、アニメ二期第4話)。

葉山と陽乃の会話からわかることは、奉仕部の三人の関係(=共依存)は葉山たちの過去の関係の鏡になっているらしいということである。つまりは、葉山、雪乃、陽乃がかつて共依存関係にあり、拗れて瓦解してしまったという経緯があるのだと思われる。葉山が雪ノ下雪乃を助けることができなかった出来事と関係しているのだと思うが、陽乃を含めた彼ら三人にまつわる過去の関係が詳しく語られることはない。

 

玉縄における考察

比企谷の現状を映す鏡

かつてのクリスマス合同イベント(原作8巻、アニメ二期第6話-)で海浜総合高校の生徒会長として登場してきた玉縄という人物は、奉仕部の停滞を映す鏡としての役割があった。

当時の奉仕部は本音で話すことを避けていたので関係は停滞、一方、玉縄も上滑りするだけのカタカナ言葉で責任の所在を曖昧にしながら議論を進めるがために会議は進まなかった。この会議の問題点を解決することが、奉仕部の停滞を解決することに繋がるという構図であった。

であれば、この13巻で再度登場する玉縄の言葉からも何か意味を見出すことが可能だろう。

「多様性を見込んでいくのはいいね。けど、それ以外のことが抽象的すぎるんじゃないかな、不必要な部分が多すぎて、企画意図の焦点がずれてるよ」
「もっと伝える力を意識したほうがいいと思うよ。企画の見える化というかね。もちろん、体験型イベントの将来性を見込めるという点には共感できるんだけど、そこに至るまでの筋道が立っていないよね」
「だから、君の企画はだめだよ」
(P298)

この台詞とその先のフリースタイルラップバトルのくだりも含めて、ダミープロムの企画内容について言っていると共に、比企谷が雪ノ下雪乃のためにやっていること自体に対しても当てはまるダブルミーニングになっていると思えないだろうか。

葉山に「君がすべきことはそんなことじゃないはずだ」と言われ、海老名さんにも「もっと簡単な方法あったんじゃない?」(P285)と問われたことと同じことを、意図せず玉縄にも具体的に指摘されている。つまり、比企谷のやっていることは「抽象的すぎる」「焦点がずれてる」「伝える力を意識すべき」「目的はわかるけど、そこに至るまでの道筋が立っていない」──、つまり、まちがっているということ。

玉縄は「僕たちの目的が何かをちゃんと考えるべきだよね」(P304)など、解決のヒントも多く与えてくれている。見逃しそうなところだけれど、今後の展開が暗示された重要な場面なのではないかと考えられる。

 

雪ノ下陽乃における考察

陽乃はなぜ比企谷たちに介入するのか

比企谷、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜の三人の関係が、かつての葉山、雪乃、陽乃の関係の鏡になっているのではないかということは先に述べた。

奉仕部の関係ついて、葉山は「介入せずにそのまま見守るべきだった」という意味のことを陽乃に言う。かつて葉山は修学旅行の後に奉仕部に介入し、瓦解しつつあった関係を取り繕おうとしたことがあった(原作8巻、アニメ二期第4話)。しかし、ここでは考えが変わっていることは注目すべきである。周りの人間を変えていくことのできる比企谷のことを信頼し始めたからかもしれないし、他の理由があるのかもしれない。

それに対して、陽乃は「共依存」という言葉を比企谷に突きつけたことからもわかる通り、積極的に介入し、かき回しに行っている。葉山、雪乃、陽乃の関係が自然修復されずに既に瓦解してしまった過去を繰り返させたいためであると思われる。

比企谷を正しく導くことで雪乃を変えることができる、と陽乃は思っているようである。葉山の失敗を繰り返させないために、陽乃は比企谷をコントロールしようとしているように思える。陽乃にとって葉山は既に興味のない過去の人だ。

陽乃と葉山の関係

葉山「そんなに、……憎んでるの?」
陽乃「いいえ、大好きよ」
(P263)

目的語がないので誰のことを話しているのかがわからない。だけどおそらく「そんなに(俺を)憎んでるの」「いいえ、(あなたが)大好きよ」ということで間違いないと思われる。

葉山は雪乃を助けられなかったことで陽乃の恨みを買ってしまい、いまだ憎まれ続けている、ということだろうか。「大好きよ」と言われてしまうことで、葉山が何か行動を起こす動機は生まれない。どうすることもできない。そういう意味で葉山は飼い殺されており、「呪われている」。葉山と陽乃の関係は断片的にしか描かれないので考察が難しい。

陽乃の望む結末

陽乃が比企谷たちの結末をどのようにコントロールしたいのかについても、現状ではよくわからない。雪乃の自立を望んでいることは確かだろうけれど、比企谷や由比ヶ浜をどうしたいのかは不明である。雪乃が自立し、奉仕部の拗らせを解消した上で比企谷と雪乃を恋愛関係にしたいと思っているような感じもするけれど、わからない。ただ一つわかることは、陽乃は由比ヶ浜については全く関心がないということである。

陽乃はなぜリークを承諾したのか

陽乃はプロムの件について比企谷の介入を良しとしていない。雪乃が独力でプロムを達成することが自立に繋がると思っているからである。とは言え、それは手段である。陽乃の最終目的は彼らを、特に雪乃を「共依存」の関係から脱却させることである。

ダミープロムは雪乃を助けるためではなくて「この関係を終わらせるため」のものであるという比企谷と由比ヶ浜の意思を聞いて、陽乃は納得する。そうであれば目的は同じだからだ。

「見守るってなんかいいことっぽいけど、それって結局離れてるだけだから。避けて、距離とって、そうやって何もしないでいたら、何も変わらないです。それで、たぶん、そのままダメになって終わっちゃうんです。あたしたちも、プロムも……」
「だから、少しでも近くにいて、関わってないといけないんです。それがちゃんと終わらせるために、必要なことだから」
(P323-324)

由比ヶ浜のこの台詞についても、クリスマス合同イベント(原作9巻、アニメ第6話-)から得た経験を元にしている。あのまま何もしないで、お互いに関わらないでいたら奉仕部は空中分解していただろう。あの時は関係の修復のために関わりを密にしたが、今回は拗れた関係をちゃんと終わらせるために関わる、という選択肢をとっている。

「終わらせる」という文言が頻出するこの13巻だが、「終わらせる」というのは彼らがバラバラになることを必ずしも意味するものではないだろう。文意としては「拗れた関係を終わらせる」ということに過ぎない。

比企谷の台詞の続き

「ほんともなにも、特に言うことないですから。仮にあったとしても……」
言いかけた言葉を飲み込んで、俺は違うことを口にする。
「それを言う相手はあなたじゃない」
(P325)

比企谷は何を言いかけたのだろうか。「あったとしても」と逆説になっているということは、それに続く言葉は「信じるかどうかは相手次第だから言っても意味がない」とかそういうことだろうか。

だけど、結局は続けての「それを言う相手はあなたじゃない」という比企谷の言葉が会心の一撃となって陽乃はリークを承諾することとなる。

 

由比ヶ浜結衣における考察

比企谷との共闘

この13巻では比企谷と由比ヶ浜がダミープロムをでっち上げるために共闘する様が序盤から描かれており、二人は殆ど一緒に行動し、足りない部分を補い合い、まるで夫婦のようである。そのまま付き合って結婚しろ、と10回くらいは思った。

私は由比ヶ浜推しなのでそのまま付き合ってくれてハッピーエンドなのだけれど、この夫婦っぷりが負けヒロインを暗示しているようにも思える。前12巻では比企谷の独白として「心が揺れる」など由比ヶ浜に対する感情が顕著だったけれど、この13巻で比企谷は由比ヶ浜のことを恋愛対象として考えている記述があまり見当たらない。

その代わり、先述の通り、雪ノ下への感情を「男の意地」などと嘯いたり、雪ノ下のことを美しく思って見惚れているような表現が散見されたりと、比企谷の本命は雪ノ下雪乃にあるのではないかと思わせるに充分である。

彼らの三角関係であり共依存である関係がどうなってしまうのかは、続巻である14巻を読むまで本当に予測ができない。

1つ目のinterlude

由比ヶ浜には3つのinterlude(P132-、P208-、P332-)が用意されている。いずれも由比ヶ浜の悲痛な心の叫びとなっていて、非常に切ない。この独白にも「愛」だの「恋」だの「誰かを好き」だのという直接的な表現は出てこないが、「比企谷への恋心」について語っていると見て間違いないだろう。

「由比ヶ浜は間違えない」(原作11巻、アニメ二期13話)、「由比ヶ浜は全てわかっている」(原作12巻)と表現されている通り、葉山や海老名さん同様、由比ヶ浜も比企谷と雪ノ下雪乃について「他のちゃんとしたやり方があるのにわかってない」(P132)と評している。由比ヶ浜には由比ヶ浜なりのやり方があるけれど、比企谷と雪ノ下雪乃の茶番に乗っかってあげているというところだろうか。そうやって決着をつけないと彼ら自身が納得しないこともわかっている。

由比ヶ浜は「雪ノ下が比企谷に恋心を寄せいている」と思い込んでいるようであり、由比ヶ浜が言うのだからそれはきっと正しい。雪ノ下のことは大切に思っていて、願いを叶えてあげたいけれど、由比ヶ浜も安々と引き下がることはできない。

2つ目のinterlude

2つ目のinterludeはさらに悲痛である。どうやら由比ヶ浜はこの物語の結末がわかっていることが示唆されている。すなわち、それは比企谷と雪ノ下雪乃が結ばれることであり、ずっと前からそれに気づいていたと独白している。由比ヶ浜は、遡れば原作1巻の物語のスタートの時点から、比企谷は雪ノ下雪乃に惹かれ、雪ノ下雪乃も比企谷に想いを抱いていると気づきながら、奉仕部としてこうして長い時間を過ごしてきたのかもしれない。だとすれば、なんてことだ。

だけど、今、由比ヶ浜は比企谷と時間を共にしている。物語は変えられない結末に向かって走り続けており、この本物じゃない関係を終わらせなければならないことは重々承知している。だけど、終わらせないで──、と由比ヶ浜は心の中で叫んでいる。たった一人で運命に抗おうとしている。ああ、切ない。

雪ノ下雪乃との会話

「プロム終わったらお昼一緒に食べるから。あと、ゆきのんちにまた泊まりに行く。春休みはランド行ってシー行って、それでまたうちに泊まりに来るの。それで、四月になったら……」
(P236)

11巻(アニメ二期13話)の最後で由比ヶ浜は「あたしは全部欲しい。今も、これからも」と言っていたが、それがここに表されている。由比ヶ浜は比企谷を巡って雪ノ下雪乃とライバル関係にあるようだが、雪ノ下雪乃のことを嫌いなわけではなく、むしろ極めて友好的に思っている。比企谷との恋愛も欲しいし、雪ノ下雪乃との友情も欲しい。

この引用文の前の「お願い」のやり取りに関しては、後に考察する。

共依存の否定 -3つ目のinterlude

この13巻の骨子は、3人がそれぞれに共依存からの脱却を画策する様子である。

雪ノ下雪乃は比企谷の力を借りずにプロムを実現することで自立できるというロジックの元に、共依存から抜け出そうと試みる。

比企谷は「あいつが助けを必要としていなくて、それでも俺が助けたいと思うなら……、それは共依存なんかじゃない」という論理に基づいて共依存からの脱却を図ると共に、自らの信念を貫こうとする。彼らに感情はなくて、「共依存からの脱却」という記号を攻略しようとしているに過ぎない。

それに対して由比ヶ浜は、自らの感情に基づいて「少なくとも自分は共依存なんかじゃない」と陽乃に強く主張する。由比ヶ浜は今ここに自分の中から湧き出る明確な感情を信じている。それを「共依存」なんて容易い言葉で第三者に客観的にタグ付けされるのはたまらないと憤怒したに違いない。

由比ヶ浜にとっては本物とか共依存とか勝負とかそんなことはどうでもよくて、今ここで感じている「──あたしの全部が、痛いくらいに、好きだって悲鳴を上げてる」(P333)ことが全てだ。

 

雪ノ下雪乃における考察

「いつか私を助けてね」が変わった理由

雪ノ下雪乃はディスティニーランド(原文ママ、原作9巻、アニメ二期第9話)で比企谷に「いつか私を助けてね」と意味深に発言している。比企谷はこの約束を守ろうとして雪ノ下雪乃のプロムを実現させようとしているわけだが、当の雪ノ下雪乃は今は考えが変わったのか今は助けを求めていない。雪ノ下雪乃の中でどのような心境の変化があったのだろうか。

これも当ブログにおける原作12巻の考察記事のコメントで、雪ノ下雪乃は比企谷への恋を諦めたのかということに関して「自立して見せた上で「ちゃんと始める」のではないかと思います。では何を始めるのか、一つは自立できたら改めて八幡への恋も始められるということじゃあないか」(すてぱんさんより)と指摘頂いた。これも私が全く考えもしていなかったことで、とても参考になった。

そう考えると、雪ノ下雪乃は原作11巻(アニメ二期13話)最後の比企谷の台詞「雪ノ下の問題は雪ノ下自身が解決すべきだ」を聞いて考えが変わり、「いつか私を助けてね」という考え方を保留、あるいは捨て去ったのだと思われる。今のままでは比企谷に依存しているに過ぎず、由比ヶ浜と張り合う資格も、比企谷への想いを伝える資格もない。だから、まずは助けを求めずに自立して、それから比企谷へ想いを伝えたい、というところだろうか。

なぜ「泣いているように見えた」のか -比企谷の不在

一色いろはのinterludeで「生徒会室を出るとき、振り返って見た裄の先輩は。泣いているように見えた」と記述されている。自らのプロム実現に邁進しているはずの雪ノ下雪乃がなぜ泣かなければならなかった、あるいは、泣いているような顔をしなければならなかったのか。

考えられることは二つ。一つは、本当は比企谷に助けて欲しかったのに意地になってそれを否定してしまったから。もう一つは、比企谷が関わってしまった時点で比企谷の勝利を確信し、自分の負けが確定していると思ってしまったから。雪ノ下雪乃の本心はわからないけれど、このどちらかであると考えていいと思われる。

雪ノ下雪乃が、比企谷がいつも飲んでいるマックスコーヒーを手にしているシーンは印象的である。つまりは、比企谷の不在を本心では寂しく思っているということに他ならない。このように道具を使って登場人物の心象を炙り出す手法は好きだ。

勝負の行方

比企谷は雪ノ下の母親に自分が「比企谷八幡」であると名乗るという驚異的な裏技を用いることで、雪ノ下雪乃のプロム実現を達成する。これは原作4巻(? 未読なので推測、アニメ一期第8話最後)で明らかになる事故のことと直接的に関連している。もはや解決済みと思われた、なんならすっかり忘れていたあの事故をここで用いてくるとは全く思わず、仰天した。この原作者天才かよ。

もちろん、そんな裏技を用いたことを雪ノ下雪乃は知る由もないが、プロムは実現することとなり、勝負は最終的に雪ノ下雪乃の勝利となった。

雪ノ下雪乃が勝利して願いを聞いてもらえるとなったときに比企谷は焦っているのだけれど、それはなぜだろう。勝負は比企谷が持ちかけたものだし、比企谷のダミープロムのでっち上げはそもそも雪ノ下の勝利のために行っていたはずだし、勝利条件についてもきちんと双方の合意がある(P87)。

これについては、比企谷がうっかりしていたということ以上の考察が思いつかない。比企谷が思い描いていた「終わり」とは何らかの相違があった、ということだけはわかる。

だからこそ、彼女はこの勝負を受けたのだ。ただこの一瞬、この問答のために、あえて行き違いも掛け違いも勘違いも、すべてそのまま捨て置き見過ごした。
この勝負を、この関係を、──ちゃんと終わらせるために。
(P355)

逆に、雪ノ下雪乃は、こうなることを見越して勝負を受けたことが示唆されている。結局、雪ノ下雪乃は比企谷に助けられ、自立を阻まれた。雪ノ下雪乃は自らの力で共依存から抜け出すことができなかったから、新しい関係を始めることができない、と彼女自身は考えている。であれば、自らの手で強制的にこの共依存を終わらせて、身を引くしかない。

「由比ヶ浜さんのお願いを叶えてあげて」(P357)

雪ノ下雪乃と由比ヶ浜の「お願い」とは

由比ヶ浜「あたしね、ヒッキー手伝ってるの」
雪ノ下雪乃「大丈夫よ、ちゃんとわかってるから」
由比ヶ浜「……わかってないよ。あたし、ちゃんとしようと思ってる。これが終わったら……、ちゃんとするの。……だから、ゆきのんのお願いは叶わないから」
雪ノ下雪乃「……そう、私は、あなたのお願いが叶えばいいと思ってる」
由比ヶ浜「あたしのお願い、知ってる? ちゃんとわかってる?」
雪ノ下雪乃「ええ。たぶん、同じだと思うから」
由比ヶ浜「そっか……、なら、いいの」
(P234−235)

話は遡って、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜の「お願い」に関する会話である。ここで出てくる「お願い」は非常に抽象的である。

普通に考えれば、二人のお願いは下記である。

 
パターン1:
雪ノ下の「お願い」
 → 雪ノ下が比企谷と恋仲になること

由比ヶ浜の「お願い」
 → 由比ヶ浜が比企谷と恋仲になること

二人の真意
 → それぞれが比企谷に思いを伝えようとしてる

 
これに基づいて上記引用文を補完してみる。

由比ヶ浜「あたしね、ヒッキー手伝ってるの」
雪ノ下雪乃「大丈夫よ、ちゃんとわかってるから」
由比ヶ浜「……わかってないよ。あたし、ちゃんとしようと思ってる。これが終わったら……、ちゃんとするの。……だから、ゆきのんのお願い(雪ノ下が比企谷と恋仲になること)は叶わないから」
雪ノ下雪乃「……そう、私は、あなたのお願い(由比ヶ浜が比企谷と恋仲になること)が叶えばいいと思ってる」
由比ヶ浜「あたしのお願い(由比ヶ浜が比企谷と恋仲になること)、知ってる? ちゃんとわかってる?」
雪ノ下雪乃「ええ。たぶん、同じ(雪ノ下が比企谷と恋仲になること)だと思うから」
由比ヶ浜「そっか……、なら、いいの」
(P234−235)

しかし、二人のお願いがそれぞれ逆である可能性もある。

 
パターン2:
雪ノ下の「お願い」
 →「由比ヶ浜が」比企谷と恋仲になること

由比ヶ浜の「お願い」
 →「雪ノ下が」比企谷と恋仲になること

二人の真意
 → お互いが諦めて譲り合っている

 
こうなると、会話は違った意味を帯びてくるし、「あたしのお願い、知ってる? ちゃんとわかってる?」と由比ヶ浜が念を押した意味が明白になる。「由比ヶ浜さんのお願いを叶えてあげて」についても、それぞれの思惑と誤解が入り混じった複雑な一文と化す。

由比ヶ浜「あたしね、ヒッキー手伝ってるの」
雪ノ下雪乃「大丈夫よ、ちゃんとわかってるから」
由比ヶ浜「……わかってないよ。あたし、ちゃんとしようと思ってる。これが終わったら……、ちゃんとするの。……だから、ゆきのんのお願い(由比ヶ浜が比企谷と恋仲になること)は叶わないから(つまり、由比ヶ浜が身を引く)」
雪ノ下雪乃「……そう、私は、あなたのお願い(由比ヶ浜が比企谷と恋仲になること)が叶えばいいと思ってる(由比ヶ浜の真意を誤謬している)」
由比ヶ浜「あたしのお願い(雪ノ下が比企谷と恋仲になること)、知ってる? ちゃんとわかってる?」
雪ノ下雪乃「ええ。たぶん、同じ(由比ヶ浜が比企谷と恋仲になること)だと思うから(同じく誤謬)」
由比ヶ浜「そっか……、なら、いいの」
(P234−235)

 
そしてさらには、これは組み合わせによって更に2パターンを生み出すことが可能だ。

 
パターン3:
雪ノ下の「お願い」
 →「雪ノ下が」比企谷と恋仲になること

由比ヶ浜の「お願い」
 →「雪ノ下が」比企谷と恋仲になること

二人の真意
 → 由比ヶ浜だけが比企谷を諦めている

 
パターン4:
雪ノ下の「お願い」
 →「由比ヶ浜が」比企谷と恋仲になること

由比ヶ浜の「お願い」
 →「由比ヶ浜が」比企谷と恋仲になること

二人の真意
 → 雪ノ下だけが比企谷を諦めている

 
その上、二人のそれぞれの「お願い」に対する誤謬パターンを生み出して組み合わせれば、全体でさらに膨大な数になる。全てを検証することは冗長になるので諦める。この会話の正解がどれであるかは原作の続巻で提示されることはまずないと思われるが、深読みしがいのある秀逸な会話文であると思う。私見では、パターン2(雪ノ下と由比ヶ浜が共に諦めて譲り合っている)は結構有力なのではないかと思っている。

 

14巻に向けての焦点の整理

『俺ガイル』は次の14巻で終わりであることが大いに示唆されている。原作者の渡航氏は13巻発売日の11月20日にゲストに招かれたニコ生「月刊ガガガチャンネル vol.89」において「14巻はまだ1文字も書いていない」「プロットも結末も既に出来上がっている。あとは書くだけ」という意味のことを発言していた。この13巻は小学館の施設に缶詰になって書いたそうであり、14巻の執筆も同じスタイルで行くのだと思われる。

来たるべき14巻に向けて物語の焦点を整理して、長い本稿を閉じたいと思う。

「終わらせる」の終着点

この13巻ではとにかく「終わらせる」「終わりにする」という文言がこれでもかというほど頻出している。彼らは現在高校2年生であり、まだ高校生活が1年間残っている。仮に14巻が卒業エンドになるとしても、そこに至るまでの1年間はきちんと説得力をもって描かれるはずだ。

であるならば、「終わりにする」というのは彼らが口もきかなくなってバラバラになる、ということではなく、「終わりにして、新しく始める」ことに重きが置かれるはずだ。たぶん。

「簡単に伝える」ということ

同じくして13巻では登場人物たちから尽く「もっと簡単な伝え方がある」という意味の指摘を受けており、比企谷も雪ノ下も由比ヶ浜もそれはわかっている。そうすることを成長とみなして彼らがこれまでと違ったシンプルな方法で思いを伝え合うのか、それとも今まで通り自らの信念を押し通した上で問題を解決するのかは重要な焦点になるように思う。

「共依存」からの脱却、あるいは容認

そもそも「共依存」というのは陽乃が勝手に彼らの関係をカテゴライズしただけに過ぎない。由比ヶ浜が強く否定しているように、それが「共依存」かどうか、仮に共依存であったとしても良いことか悪いことかは誰にも決められない。「共依存」というテーマにおいて物語がどのように動くのかも焦点となるだろう。

葉山、雪乃、陽乃の関係

現状でいまだにはっきりしないのが、葉山、雪乃、陽乃の関係である。過去から現在まで断片的にしか情報がもたらされない。おそらくは奉仕部の問題が解決すると共に、葉山たちが抱える問題も解決するものと思われる。現状では何もわからないので、明示されることを期待したい。

三人の恋の行方

こればっかりはわからない。誰エンドになるのか、誰でもないエンドになるのかもさっぱりわからない。但し、原作者によれば「結末は以前から思い描いていたものから変わっていない」とのことなので、どのようなラストになるにせよ、それを受け入れることができるだろう。

 - アニメ, やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。